トップページへ戻る

アイルランド/ドルメン遺跡
[バレン高原・巨人のテーブル]

                                                    2006.05訪問

 アイルランドは、全島岩盤によって成り立っている島といえる。岩盤を覆う土壌は東部で厚く、西に行くにしたがって薄くなる。処によっては、岩盤が露出して岩場ばかりが広がっている。

 そんなアイルランド西部に広がる岩場の一つが【バレン高原】で、バレンとは、ゲール語で“石の多い場所”を意味するという。
 17世記、この地に侵入したクロムウェル(1599--1658、スコットランド共和国の独裁的指導者で、17世記中頃にアイルランドを侵略し植民地化の端緒を開いた)
  「人を吊す木もなく、溺れさせる水も、生き埋めにする土もない」
と、敵対者の処刑・拷問の方法を見つけるのに途方にくれたと伝えられるように、ただ、ゴツゴツとした石灰岩質の岩場が広がっている。
 ただ今回の旅では、春という時節柄か、水で浸食された岩の割れ目に溜まる僅かな土から草々が顔を覗かせ、小さな花々が風に揺らいでいた。

 そんな高原の高所にひとつポツンと立つのが、【巨人のテーブル】と呼ばれる古代の巨石遺構・ドルメンである。
 道路から此処までの間にも小さなドルメンが数個見られるように、この高原内あるいは他所にも多数残っているようだが、この巨人のテーブルと称するそれが最も大きく、且つ往年の姿をよく残しているという。
 大きいとはいっても、高さ2mあるかないか、上に乗るテーブル状の板石(嘗ての蓋石)が畳一枚ほどのもので(横巾はやや広いか)、名前から想像されるほど巨大なものではない。

     

 ドルメン(dolmen)とは古代の墓(巨石墓)といわれ、埋葬区画(玄室)を3~4個の板石で矩形状に囲い、その上に扁平な大石を乗せた構造で、外観がテーブルに似ていることから“石のテーブル”という。
 新石器時代から金石併用時代(BC4000~3000年頃)の西ヨーロッパ、特にフランスのブルターニュ地方に多いというが、当地のそれが何時頃、誰が造ったのかはわからない。

 ただ、4000年ほどの昔には、この辺りにも木々が生い茂り、人が住み畑を耕すだけの土があったというから、わが国の奈良・明日香の石舞台がそうであるように、その当時、当地を支配した首長を埋葬するために造られた高塚を覆っていた土が、永年の風雨等によって消失し、埋葬施設である石造りの玄室のみが地上に露出したのが、今見られるドルメン・巨人のテーブルであろう。

 ときおり通り雨が走りすぎる曇り空の下、岩だらけの荒漠とした有様を眺めていると、その昔、この地の人々がどのように生きていたのか、どのようなマツリをおこない何を祈っていたのか、それを知りたいという想いが募ってくる地である。

 なお、規模は小さいが、佐賀県の玄界灘側には朝鮮半島から伝わったといわれる脚部の低いドルメン状の墓があり、支石墓と呼ばれている。

トップページへ戻る