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聖書/装飾写本
ダロウの書・ケルズの書

 アイルランドの首都・ダブリンの中心部に、1592年エリザベス一世創設という由緒を誇る総合大学“トリニティ・カレッジ”がある。
 “トリニティ”とはキリスト教の基本教義・三位一体を指し、これを冠することから、昔は神学部中心の大学だったと思われる。嘗てはプロテスタントの子弟のみが入学を許されていたが(イギリス国教会との関連か)、独立後はその制約もなくなったという。

 その一画に、通称、ロングルームと呼ばれる図書館があり(右写真)、一階は美術館となっていて(2階には20万冊ともいう古文書が長い書架に並んでいた)、そこにアイルランドの至宝ともいうべき聖書の装飾写本『ダロウの書』・『ケルズの書』が展示されている。 

 ダロウの書・ケルズの書とは、“羊皮紙にラテン語で書かれた福音書の写本”のことで、この両書に『リンディスファーン福音書』(大英博物館蔵)を加えて“ケルトの三大装飾写本”という(島の写本ともいう)

 ダロウ・ケルズの原本は、一階の奥まった部屋のガラスケースに納められ、他の部屋には、主要な図像頁が畳大のパネルとして、解説とともに展示されている。

 この両書は、写本とはいっても、福音書を単に書き写した写本ではなく、そのなかに文様・図像・装飾文字などがちりばめられた美麗なもので、美術品としての価値ももっている。
 *ダロウの書--現存する最古の装飾写本という。7世記後半(680年頃) 縦横245×145mm 248葉
 *ケルズの書--制作場所・時期不明(9世記初頭頃ともいう) 縦横320×250mm 340葉

 7~9世記の混乱するヨーロッパにあって、唯一、信仰と学問の花が咲いたのがアイルランドといわれるが、それを支えたのが、修道院にあって先端を斜めに切った白い鵞ペンをもって羊皮紙に向かって聖なる神の言葉を写しつづけた写字僧たちであった。
 羊皮紙をひろげて福音書の一字一節を写しとる行為は、彼らにとっての祈りであり、時には厳しい贖罪行為であったという。また写字僧は、ケルト教会の贖罪規定書に、「司祭・修道院長および写字僧に身体的障害を与えた者は重刑に処す」とあるように、その地位は高いものであるとともに、神の福音を異教徒に広めようとヨーロッパ全域に散っていった修道士たちにとっては、後方から支援する頼れる戦友であり、彼らが書き写した煌びやかな福音書はなくてはならぬ武器であったという。

 装飾写本とは、簡単にいえば“挿絵入りの福音書写本”ということだが、アイルランドのケルトに始まったものではなく、すでに初期キリスト教時代のヨーロッパではじまり、特に4世紀以降、書物の形が従来の巻物型から現在のような冊子型へと変わるにつれて盛んになったという。
 ただ、ヨーロッパのそれに描かれているのは具象的な人物描写や画面構成であって、聖書の各場面を図像によって説明し、それを眼でなぞることによって物語の進行を理解させるものだったという。

 これに対してケルトのそれは、聖書の内容とは直接的には関係のない組紐文・渦巻き文などのケルト文様であり、装飾化された文字、寓意化されデフォルメされた人物像・動物像であったという違いがある。
 ケルトの写字僧たちは、福音書に記されているキリストの事蹟や挿話を具象的に描くのを拒み、聖書に記された場面を図像によって説明する前に、己が思うままに様々な文様を描くことで、聖書を光り輝く荘厳なものにすることに全力を注いだように見え、できあがった聖書写本は、ある面では、それを否定するかのような摩訶不思議な文様で埋め尽くされている。

 しかし、ダロウ・ケルズ両書の装飾文様は、それそれが福音書の内容と関連して描かれているはずで、参考にしたケルズの書には細かい説明が記されているが、福音書の内容に通じていない異教徒にはよくわからない。

 福音書はマルコ・マタイ・ルカ・ヨハネという4人の福音書記者(複数者という)が、それぞれ独自にまとめたイエスの事蹟や挿話から成り立っているから、いずれも声を出して読まれるべきもので、そこでの主役は文字で書かれたイエスであって、たとえ挿絵があってもそれは脇役でしかないのが普通であろう。
 ところが、ダロウ・ケルズに代表されるケルト系福音書は、一見して、脇役であるはずの図像が主役に躍り出ているかのようにみえ、これがケルト系写本の独自性であり、装飾写本と呼ばれ珍重される由縁でもある。

 これらケルト系装飾写本は、まず対観表(タイカンヒョウ、索引のような頁)の頁・福音書記者の頁・カーペット頁(一般書の“扉”にあたる)と呼ばれる3っの頁が各福音書の冒頭に置かれ、本文の冒頭もまた大きく拡大された装飾頭文字によってはじまるという特徴をもっているが(以上を“装飾頁”という)、それら装飾頁で最も華麗なのがカーペット頁で、次いで装飾文字の頁であろう(以下、ダロウと注記した以外はケルズの書のもの)

 これら装飾写本を飾る文様は、大きく“渦巻文”・“組紐文”・“人間(動物)組紐文”・“人物像”・“装飾頭文字”に別れる。

※渦巻文
 装飾頁全体に渦巻文が用いられているのはダロウの書・マタイ伝のそれのみで(下写真左・中)、頁の中央部に渦巻文が溢れかえり、その外側を額縁のように円形の連続組紐文が取り巻いている。

 そこにあるのは、中央に縦に並ぶ二つの大きな渦巻文で、その上下に中程度のそれが配置され、それらの渦巻文が、それぞれ入れ子状になった中・小の渦巻文を抱き込んでいる。
 そして、それら大中小の渦巻文の各端末が、トランペット・パターンと呼ばれる奇妙な文様を介して互いに連続しあい、頁全体が大きさを変え、形を変え、位置を変えて回転しあう大小あわせて50個ほどの渦巻によって埋め尽くされている。

 そこにあるのは、福音書の説明はおろかシンボルである十字架もなく、ただめまぐるしく絡み合い回転しあう渦巻だけで、そこからは回転し循環しながら永劫回帰する生命のうごめきが立ちのぼり、それは、福音書の世界を否定するような呪的・異教的世界の展開ともいえる。

 装飾写本・ダロウの書にみるケルトの渦巻文には
 ・渦巻文は単体ではなく、必ず複数の渦巻が組み合わされている
 ・それら大小の渦巻が“入れ子状”になっている
 ・それらの渦巻が互いに末端同士あるいは繋ぎの文様(トランペット・パターン)を介して連続している
といった特徴があり、それは、互いに連動しあい蠢きあう渦の中から何者かが生まれ出てくる様であり、原始の誕生を示唆しているともいえる。

 
なお、頁全体を渦巻文で埋めた装飾頁は上記マタイ伝のみだが、渦巻文そのものは装飾文の一部として多用されている。

 
マタイ伝・カーペット頁・ダロウ

同左-拡大

装飾としての渦巻文 ダロウ
(装飾文字の部分)

※組紐文
 ダロウ・ケルズ両書で、渦巻文以上に多用されている装飾文様に“組紐文”がある。

 ダロウの書では、装飾頁のすべてに組紐文が使われているといっても過言ではなく、特にカーペット頁は頁全体が迷路のように絡みあった組紐文で覆われ、また額縁部のほとんどが組紐文で飾られている。

 例えば、マルコ伝のカーペット頁(下左)には縦3列横5段の円形組紐文が並んでいるが、その中央には円形の中に先端が開いた小さな十字架があり、その中もまた緻密な組紐文で埋められている。

 それよりも、縦横に整然と並ぶ赤・黄・緑色の紐の組みあわせた14個の円形組紐模様が目を引く。
 漠然と眺めると、4っの円形パターンを反復羅列したに過ぎないが、その細部を細かくみていくと、一本の紐がくねくねと身をねじり、上になり下になのながら複雑に絡みあい、その端部が隣の文様へと延び、それが頁全体を渡り歩いて元のところに返り、それがまた隣へと伸びている様がみえる。
 その有様は、手のこんだ絡織りそのものであり、終わりなき一筆書きを書かれた壮大な迷路としかいいようがない。

 これに対してケルズの書では、組紐文それ自体が主役になることは少なく、そのほとんどが他の文様・人物像などを飾る副次的な模様として使われ、それも無機物たる紐を単に組みあわせたものから、人物組紐文あるいは動物組紐文といった生き物の躯が変貌した組紐文へと変化している。

 
マルコ伝・カーペット頁・ダロウ

同左・拡大 
 
ルカ伝・カーペット頁・ダロウ
 
同左・拡大

◎組紐文様について
 古代ヨーロッパの組紐文様には4っの流れがあったという。
 ・古代ローマの床モザイクのモチーフとしての組紐文様
 ・コプト教(エジプトを中心とするキリスト教)の柱頭装飾などの建築装飾としての組紐文様
 ・北イタリア中世初期のランゴバルト美術の組紐文様
 ・ケルト系装飾組紐文様

 この4っの流れは、大きく“地中海スタイル”(前3流)と“ケルト・スタイル”に別けられるが、これを区別するポイントは組紐の交差部(結び目)だという。
 地中海スタイルでは、2本の紐が隙間をもってゆったりと交差し、文字通り“紐を組みあわせた”ものであるのに対して、ケルトのそれは、“組みあわせた”文様というより“絡みあい“・”結びあった”文様という色彩が強く、最終的には一分の隙間もない緊迫感をもった組みあわせ文様となっている。

 ケルトの組紐文様はコプトの流れをひくともいうが、それは単なる模倣というより、地中海世界がもつ明るさやおおらかさをそぎ落とし、文様に魔的な力を注入することによって北方世界の昏い呪的な造形へと変貌せしめたものともいえる。
 組紐文様を描いた写字僧たちは、紐という無機物を命ある生命体へと転生させ、蛇のように身をくねらせて自らの躯を縛り付け、手足を伸ばして相手の躯に絡みつくという一種異様な世界をつくったといえる

※人間(動物)組紐文
 組紐文の一つ人間組紐文・動物組紐文では、人間や動物の頭部はかろうじて自然の姿を保っているものの、胴体・腕・脚あるいは髪や髭までが長く伸びた紐状の姿態に変貌した人物(動物)が、絡みあいながら全体の文様をつくっている。

 その初期的な動物組紐文が、ヨハネ伝の冒頭を飾るカーペット頁である(ダロウの書、下左)
 そこでは、中央の小さな十字架を囲む組紐文の円形図形と、その左右および上下2段の矩形区画に、それぞれ3っのパターンをみることができる。

 まず中央部左右の区画には“馬”とおぼしき動物3頭が連なり、上下の区画には“蛇”に似た動物が、一つはV字形に波打ちながら、も一つは自分の尾をくわえて丸まりながら、それぞれ隣のそれに絡みついている。
 加えて、これらの動物それぞれが細い四肢を伸ばして、僅かな余白を縫いながら自らの躰と相手の躰とに絡みついている。

 これらの動物組紐が絡みあう様からは、それらが醸し出す神秘的・魔的な雰囲気が立ちのぼってはいるものの、形としては単純なパターンの繰りかえしで、一見しただけでその全体像を掴むことができるが、約100年後のケルズの書になると、より複雑精緻且つ怪奇な文様へと変貌し、とらえどころのない姿態を呈しながら至るところに出没してくる。

 例えば、ケルズの書の“八つの円をもつ十字架”と呼ばれるカーペット頁は(下右)、二重腕木をもつ十字架を主たるテーマとし、その腕木先端および交点に円形文を配した頁だが、その円形文の中は渦巻文・巴紋で埋められ、その周りの地模様部や額縁部には、姿形を変え色を変えた十数種もの人間・動物組紐文が描かれている。

 その一つ、中段の変形四角の区画(右下)には、小さい頭部と足先だけはかろうじて人間のそれとわかるものの、胴体・手・脚部が細長くデフォルメされた紐状の肢体へと変化した4人の人物が、これまたデフォルメされた鳥の頭部をもつ紐状の躰と絡みあい、全体として縺れあった毛糸玉といった文様で埋めつくされている。

 ここでの人間は、自らの身体から伸びて相手に絡みついていく紐の行方を、みをくねらせながら追いかけ、紐もまた、螺旋状に回転しながら相手と絡みあっているが、それは、輪廻転生する生命を組紐をもって繋ぎとめようとする呪的文様ともとれる。
 ケルトの古宗教・トルイドは輪廻転生を信じていたというから、その意識がキリスト教化しても残っているともとれる。

 また、二重十字架を除くこの頁の全区画が、各種各様の人間・動物組紐文で埋められ、黄色に枠どりされた十字架そのものは、氾濫乱舞する渦巻文・組紐文の中に埋もれているようにみえる。

 それはケルズの書全体をみても同じで、装飾頁のすべてにわたって、その地模様部あるいは額縁部のほとんどが、異様にデフォルメされた人間や動物が躰をくねらせ互いに絡みあった組紐文様によって、一分の余白もなく埋めつくされている。
 ケルトの人々は、わが国絵画等にみられるような“何もない空白”を描くという感性は持ちあわせていなかったとみえる。

 
ヨハネ伝・カーペット頁・ダロウ
 
同左・中央部拡大
 
八つの円をもつ十字架
 
 
同左・動物組紐文拡大

同左・組紐文部拡大

※人物像
 古い伝承に、「前279年、アテネを攻略したケルトの戦士たちは、デルフォイ神殿で人間の形をした神像をみて、これを笑った」とあるというが、ケルト人たちは古くから、人間の顔や身体をありのまま、目にみえるままに描こうとはしなかったという。

 ダロウ・ケルズの書にある人物像は、頭部だけはある程度自然の形を写してはいるが、身体の方は極力抽象化された人物像であって、装飾システムに組みこまれたモチーフとしての人物像に終始している。

 福音書における人物像は、当然のことながらキリストや聖母マリアあるいは福音書記者などの肖像的図像となろうが、ダロウの書においては、唯一“福音書記者マタイの像”(下最左)のみで他にはみえない。
 それは、記者マタイのシンボルが“人”であるためであって、それが人でなかったら、多分ダロウの書には人物像は一つもなかったかと思われる。
 なお、福音書記者は、マタイ=人・マルコ=獅子・ルカ=雄牛・ヨハネ=鷲を以てそれぞれのシンボルとするが(その所以は不詳)、この4っの生き物はキリストの誕生・死・復活・昇天の4段階、即ち、キリストは人間として誕生し、死を迎えたときは雄牛、復活の時には獅子で、昇天するときは鷲となったという寓話を表すともいう。

 そのマタイ像は、人とはいっても具象的人物表現からは程遠く、やや細身の吊鐘形の胴体に、ちょこんと頭部を差し込んだような単純な形で(足のあるコケシといったところ)、その胴体は、首から下に伸びる細い渦巻文の帯の他は、身体全体が赤・黄・緑の市松模様で埋めつくされている。
 また、頭部だけはかろうじて立体感を感じさせるが、胴体部は衣装の下にあるべき肉体の膨らみを感じさせない平板的な表現で、人物像というより単なる図像素材の一つでしかないようにみえる。

 それがケルズの書になると、福音書本文に対応する挿絵としての人物像が現れてくる。
 それは、キリストの肖像(上段・左から2枚目)・荒れ野の誘惑・キリストの捕縛(上段・右から2枚目)・聖母子像(上段・最右)といった頁であり、聖マタイ・聖ヨハネの肖像頁(下段・左2枚)、4福音書記者のシンボル(下段・右2枚)といった頁で、他にも、天使像・聖人像などが各処に描かれている。

 ケルズの書は、それまで描かれなかった人物像が主役として登場した最初の写本というが、ギリシャ・ローマの肖像がもつ柔らかな具象的描写に比べて、その描写は稚拙で、その表情・姿態ともに平板的で固い雰囲気をもっている。

 例えばキリストの肖像(下右から2枚目)は、中央の玉座に緑の衣に真紅のガウンを羽織ったキリストが、赤い表紙の書物(聖書であろう)を手にして座り、その頭上には小さな十字架が、その左右には翼に聖体のパンをもった孔雀が描かれ、キリストの左右には4人の大天使(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル)が侍立している。

 更に、キリストの頭上を覆うアーチ、幅広い額縁あるいは円形・四角形をした区画部が、動物組紐文・渦巻文・市松模様といった文様で飾られ、全体としてキリストを主テーマとした荘厳な装飾頁となっている。
 しかし、そこに描かれている文様を熟視すれば、それは円を描いて蠢きながら蛇のように絡みあう動物組紐文・渦巻文であり、そこには、嘗てのケルトがもっていた伝統が色濃くのこっている。


パターン化された
マタイ像 ダロウ 
 
キリストの肖像
 
キリスト捕縛
 
天使を伴う聖母子像
 
聖マタイの肖像
 
聖ヨハネの肖像

福音書記者シンボル頁 
 
同 左

※装飾頭文字
 すべての教えなり伝承なりを口承によって伝えてきた古ケルト人にあって、聖書写本の文字は彼ら自らが書いた初めての文字だったといえよう。
 それは、それまで口承によってのみ伝えられてきた神秘的な言葉が、聖なる文字として眼前に現れたことであり、それは単なる意志の伝達手段というより、神秘的・呪的な力として受けとられたともいえる。

 例えば、“詩編写本・聖コルンバのカタック”(6世記初頭、蛇のようにドグロを巻く曲線をもつ67個の彩色された頭文字が各詩編の冒頭を飾っていたという)を戦場に持ちこみ、“戦場の周りを右回りに巡回すると味方に勝利がもたらされた”というように、聖書の文字は強力且つ呪的な力をもつものとされていたという。

 ケルトの文字装飾は6世紀初頭に始まるというが、最初のそれは聖コルンバにみるように、文節の初めの文字を文様化・装飾化したものだったという。
 それが約半世紀後のダロウの書になると、装飾頭文字が数行を占めるようになり、文字そのものもまた渦巻文などケルト特有の文様によって華麗に飾られるようになる。

 
装飾文字・XPI
 
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 更にケルズの書になると、文節最初の数文字が頁全体に広がるまに巨大化し、そり二重三重に縁とられた文字の枠内はもとより、文字外の余白部・地模様部まであますところなく緻密なケルト文様によって飾られた装飾に富んだ頁へと変貌している。

 ケルズの書で最も華麗なる装飾文字は、マルコ伝・キリスト生誕の冒頭を飾る“XPI”の3文字といえる(右写真)
 (XP I--ギリシャ語でキリストを意味する“XP IΣT”の最初の3文字)

 勿論、ダロウの書にもXPIの3文字は書かれているが、そこでのXPIは黄色に彩色され渦巻文で飾られた大きめの文字が、文節の冒頭に書かれているのみ(上左)

  これに対して、ケルズ・マルコ伝のそれは、頁の半分以上を占める巨大な文字“X”の1肢が長々と左下へ伸び、右の2肢が弧を描いて向き合い、各先端および随所には入れ子状になった多重渦巻文が回転している。

 また、下半分には、組みあわされた文字・“P”と“I”がみえる(IがPの円部を突き抜いているとみえる)


 
 
同左・部分拡大

 この装飾頁ついて、わが国でケルズの書を始めて紹介した鶴岡真弓氏は
 「頭文字Xは黒と黄と紫の輪郭線で縁とられ、画面に圧倒的な大きさを誇っている。文字の内部は幾つかの小部屋に仕切られ、回転したり互いに絡みついたりしている動物や組紐文様で埋めつくされており、その緻密な文様の描写はまるでコンピューター化された精密機械の内部をのぞき込むような印象を与える。
 だが、それにもまして強烈な視覚的衝撃をもたらすのは、外部を埋める大小無数の渦巻文だ。旋回しながら自己増殖をとげ、わずかな余白にも侵入していき、ついにはキリストの頭文字をも巻き込んでしまおうとする狂おしい渦巻の乱舞。
 この頁を観る者はキリストの偉大さに打たれると同時に、ケルト文様の蠢きに眩暈を覚えずにはいられない」
と記している。

 ケルズの書の4福音書は、いずれも冒頭の頭文字がそれぞれに異なった形をした巨大な装飾文字と化し(マタイ伝:LI・ルカ伝:Q・ヨハネ伝:INというがよくわからない)、頁全体が華麗なケルト文様で埋めつくされているが、その他にも、主要な文節の冒頭数文字が装飾文字によって飾られ、また本文各処にも、ドクロをまき湾曲する奔放な曲線で描かれた人物や動物組紐文と一体化した装飾文字をみることができる。

 
マタイ伝・冒頭頁
 
同・一部
 
同・26章冒頭頁
 
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 マタイ伝には、他と比べて獅子をモチーフとした装飾文字が点在する。
 この獅子が何を意味するのか不詳だが、5世記に書かれたギリシャ語の博物誌に、
 「獅子の子は死産されても、父親が子の顔に息を吹きかけたり吼えたりすることによって3日目には蘇生する」
とあり、キリストが処刑より3日後に復活したことから、獅子はキリスト復活のシンボルとされたという。
 ただ、マタイ伝の獅子がキリスト復活としての獅子なのかどうかは不明。


マルコ伝・冒頭頁 
 
ルカ伝・冒頭頁

ヨハネ伝・冒頭頁

参考図書
 ・ケルズの書(鶴岡真弓訳、2002)
 ・ダロウの書(現地入手・英文、挿絵のみ参照)
 ・ケルト/装飾的思考(鶴岡真弓、1989)
 ・装飾の神話学(鶴岡真弓、2000)

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