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忍野浅間神社
山梨県南都留郡忍野村忍草
主祭神--木花之咲耶姫命
相殿神--天津日高日子番能邇々芸尊・大山津見命
                                                              2017.01.16参詣

 富士山からの伏流水が湧出する池群として有名な忍野八海の北、道路をはさんで鎮座する小社。
 参詣の栞「富士山 忍野八海鎮座 浅間神社」には
  ・「正式名称 浅間神社(センゲン)
  ・地元では  忍野浅間神社(オシノセンゲン)・忍草浅間神社(シボクサセンゲン)・富士浅間神社等と称される
という。
 ネット資料では「忍草浅間神社」とするものが多い。

※由緒
 社務所で頂いた参詣の栞によれば、
  「世界文化遺産また国指定天然記念物である忍野八海(国と当浅間神社所有の八つの池)に鎮座する。
 当神社は大同2年(807)に創建、文治2年(1186)現在地に社殿を再建し、建久4年(1193)に将軍・源頼朝が富士裾野の巻狩りの際に、鳥居地峠から鬼坂までを社領と定められ・・・」

 忍野村観光情報(ネット資料)には、忍草浅間神社として
  「忍草浅間神社は大同2年に創建されました。
 桧皮葺屋根・三間社流造の本殿は村指定重要文化財です。・・・」
とあるが、他に資料なく詳細不明。また大同2年の創建を証する資料はない。

※祭神
 参詣の栞には
  主祭神  木花之咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)             別称:浅間大神
  相殿神  天津日高日子番能邇々芸尊(アマツヒコヒコホノニニギ)  別称:愛鷹大神(アシタカ)
         大山祇命(オオヤマツミ)                    別称:足柄大神(アシタカ)
とある。(祭神については別稿:富士山本宮浅間大社参照)

 当社本殿には神像三躰が祀られるといわれ(拝観不能)、鳥居右手の案内「浅間神社三神像(ご神体)」には
  ・木造女神座像 伝木花咲耶姫 座高40.5cm 別称浅間大神
  ・木造男神座像 伝鷹飼      座高37.2cm 別称:愛鷹大神
  ・木造男神座像 伝犬飼      座像36.9cm 別称:足柄大神
   国指定重要文化財 平成17年6月9日指定
とあり、
 参詣の栞には、
 「当神社のご神体は、正和4年(1315・鎌倉初期)丹後国仏師・石見坊静存の作。
 三躰とも檜材、一木造座像、刀法をはじめ面貌までも似ており、僅かに着衣・双手等に違いをみる。胡粉地の彩色も経年のため古色を帯び、高貴な男女神の相好を示す富士山麓最古の優作である。
 また相殿神がご神体と異なるのは、明治初年の神仏分離令により仏教的な用語を用いることが禁止され、神として称することが必要になり、現在の神名となった」

 忍野郡観光情報には
 「本殿には、木花咲耶姫・鷹飼・犬飼座像の三神像が祀られています。
  正和4年にヒノキ一本造で造られた、県内で最古の貴重な神像といわれています」
とある。

 相殿2座の神名は鷹飼(現愛鷹)・犬飼(現足利)と伝わるが、その由来は不明。
 神名からみて狩猟に関係する神かとも思われ、在地の古い地主神かもしれない。


伝・犬飼像 
 
伝・木花咲耶姫像

伝・鷹飼像 
     (社頭案内より転写) 
 

※社殿等
 道路脇に立つ朱塗りの鳥居を入ったすぐに神門が、その奥、少し離れて社殿(向拝付切妻造、拝殿本殿一体)がいずれも南面して建つ。

 神門について、参詣の栞には
  「建久4年、鎌倉幕府から武運長久祈祷あり、鳥居地峠に和田小太郎義盛・畠山次郎重忠の寄進による神門と運慶作の金剛力士像が建立されたと伝えられるが、現在の神門は新たに再建されたもので、門内には四天王のうちの持国天(東方の守護神で青)・増長天(南方の守護神で赤)の二像(阿形と吽形)か安置されている」
とある。

 
忍野浅間神社・鳥居
 
同・神門(背面より) 

 現在、当社には切妻造平入り向拝付きの社殿があるのみで、拝殿・本殿の区別はない。
 社殿について、参詣の栞によれば
 ・慶長18年(1613)--社殿再建
 ・宝永2年(1705)--三間社極彩色の本殿を再々建
 ・正徳3年(1713)--「富士大権現」扁額奉納
 ・延享3年(1746)--社殿再造営
 ・天保2年(1831)--雨屋拝殿を再造営
 ・昭和51年(1976)--神門・社殿の屋根を茅葺きから銅板葺きに変更して現在に至る
とある。
 この記述には社殿・拝殿・本殿との3種の記述があるが、それと今の社殿との関係ははっきりしない。今見える社殿は中に拝殿・本殿を納める覆屋かもしれない。

 
同・社殿(正面)
 
同・側面
 本殿の前に朱塗りの小桶8個が並び、桶には忍野八海を構成する池の名が記されている。
 参詣の栞に、
  「当神社は富士山の東北鬼門に位置し、富士山噴火を鎮める神として祀られ今の至り、悪しきものを祓う神として忍野八海の八大龍王とともに崇敬され、八方除の鎮護としてもご祈祷を行っている」
とあり、八大龍王に捧げられた献水かと思われる。
 

献水の小桶 

◎末社
 境内には末社数社が鎮座する。「 」内は社頭案内を転記
 ・天狗社  武甕槌命
   タケミカヅチを武神として祀ったものらしいが、それを天狗社という理由は不明。
 ・大神宮社  天照大神・豊受大神 
   伊勢神宮の遙拝所として設けられた小石祠
 ・久須志社(薬師堂)  少名彦名命(スクナヒコナ)
   「未だ神仏習合の薬師如来の形を残すも、医薬・病気平癒の神である」
   お堂に掲げる扁額には「薬師堂」とあり、久須志は薬師(クスシ)であり、神仏習合時代の面影を残している。
 ・諏訪神社  建御名方神
   「長野県諏訪大社より勧請され、風・水の守護神で五穀の豊穣を祈る神であるが武勇の神としても信仰されている」

 
左:天狗社・右:大神宮社

久須志社(薬師堂) 
 
諏訪神社

 ・八幡社  誉田別尊(15代応神天皇)
   「大分県の宇佐神宮より勧請された社で、暗殺剣などの方位により災除・芸道上達・交通発展の神として祀られる」
 ・熊野三社  家津御子神・熊野速玉神・熊野牟須美神 
   「和歌山県の熊野大社の遙拝所として祀られる小石祠」
 ・八坂社  素戔鳴尊 
   「京都の八坂神宮から勧請された社で、疫病除けの神として祀られる」
 ・西五社  小さな石祠5宇が並ぶ
   「忍草区の一族の屋敷神で、一家一族の守護神が神威の上昇により地域の鎮守として祀られたもの」


左:八幡社・右:熊野三社 
 
八坂社
 
西五社

◎その他 

 神門の左右に、通常の随神像に代わって極彩色の持国天(左側)・増長天像(右側)が立っている。

 今、この門を神門とはいうものの、持國天・増長天という四天王像を配することから、元々は神仏習合時代神宮寺の山門(仁王門)であり、そこに祀られていた四天王像の一部が残ったものであろう 。







持国天像 

増長天像
 また、境内左手に古い庚申塔(コウシントウ)が立つ。
 庚申信仰とは、60日毎に廻りくる庚申の夜に徹夜して長寿を祈った民間信仰(庚申待)で、江戸時代に大流行したという。
 庚申塔とは、その庚申待を何年か、あるいは何回か続けたことを記念して立てられたもので、当庚申塔も江戸時代のものであろう。

 この庚申塔について、参詣の栞には
 「庚申信仰の碑
 中国道教に説く『三尸説』(サンシセツ)をもとに、仏教・特に密教・神道・修験道・呪術的な医薬や、日本民間の様々な信仰や風俗などが複雑に絡み合った複合信仰の碑である。
 下段には浅間信仰・山王信仰の神使である三猿が彫られている(見ざる・言わざる・聞かざる)
とある。

 庚申信仰の祭神としては青面金剛(仏教系)・猿田彦(神道系)など諸説があるが、摩耗のため正面に浮き彫りされた神像が何かは判別不能(胸元に手を組んでいるから青面金剛か)
 なお、神像の下に三猿の浮彫が見える。
 (庚申信仰については、別稿・庚申信仰参照)