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父祖アブラハムとその一族
(旧約にみるアブラハム・イサク・ヤコブ)

 旧約・創世記にいうアブラハム・イサク・ヤコブの3代を族長時代と呼ぶ。

※アブラハム(旧名:アブラム)
 紀元前2000年代前半の頃(後半説もある)
 『貴方は生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい。私は貴方を大いなる民とし、貴方を祝福し、貴方の名を高める』(12-1)
という神の言葉を信じて、一家を挙げて慣れ親しんだ文明の地をあとにした、アブラムという男がいた(後に、神からアブラハムの名を与えられたという、17-4)

 古代文明発祥の地ユーフラテス川下流のウルにいたアブラハム一家は、その父とともに同川上流のハランに移住し、父が死んだ後、神の啓示を受けてカナンの地に向けて出立し、各地を流浪したあげく中央山地のシケム(エルサレムの北約50km)に到ったという。

 このシケムの地で神が顕れ、
 『貴方と貴方の子孫に、この土地を与える』(12-7)
と最初の約束を告げている。

 この約束は、アブラハムがカナン各地を転々とする先々でも幾度も繰り返され、特にヘブロンの地(エルサレムの南約35km)で顕れた神は、
 『私は全能の神、エル・シャダイである。貴方は私に従って進み、全き者と成りなさい。私は、貴方との間に、また後に続く子孫との間に契約を立て、貴方をますます増やすであろう。
 私は貴方が居るこのカナンのすべての土地を、貴方とその子孫に永久の所有地として与える。
 私は貴方方の神となる。だから貴方も、私との契約を守りなさい。貴方たちの男子はすべて割礼を受ける。包皮の部分を切り取りなさい。それが、私と貴方との契約の印である』(17-1、大意)
と告げ、ここに神とアブラハムとの契約が成立したという。

 ここで神は『全能の神・エル・シャダイ』と名のっている。ここでいう“エル”とはセム語で“神”を意味する普通名詞という。
 ここで神が“エル・・・”と名のったことは、アブラハムに顕れた神が未だ唯一神ではなく、神々の中の一柱であったことを意味する。ただ、“全能の”と称するところに、この神がもつ排他的な性格が含まれるともいえる。
 神が“ヤハヴェ”として登場するのは“出エジプト”においてである。

 この契約は、全能と称する神が『私を信じて従うことを約束したら、カナンの土地のすべてをお前達に与える』、その代わりに『すべての男子は割礼を受けよ』という双務契約である。
 しかし、その後の経緯をみると、この約束は無条件に継続されるものではなく、イスラエルの民が神の意志に背けば約束の中断がありうる、というものであったといえる(ただ、契約破棄には到っていない)

 今ユダヤ人が、カナンの地即ちイスラエルの地を“神から与えられた約束の地”として、ユダヤ人の土地だと主張するのはこの伝承によるもので、今の感覚からいえば手前勝手なものだが、彼らにとっては一種の信仰と化しているといえる。

 こうして神からカナンの地を与えられたとしてその地での定住を図るが、そこは無人の土地ではなく、すでに紀元前2000年のはじめから、カナン人と総称される先住民族が住んでいた。彼らは西セム語を話す人たちで、北方から流入したとされるアムル人と何らかの関係があり、同じ西セム語を話すアブラハム一族も、その流れの中でカナンの地にやってきたのではないかともいう。

 アブラハム一族は羊や山羊を飼う遊牧民だったといわれる。牧草を追いながら各地を転々としながら、その土地々々で天幕を張って生活する、農耕民からみれば遊牧の民・根無し草である。
 旧約によれば、アブラハムもカナンの地を転々とし、その土地々々ての有力者との契約あるいは黙認のもと、集落の近郊で放牧を営んだと思われる。そういう意味では一時的な寄留者であり、それはイサク・ヤコブの場合も同じである。

 こうしたなか、アブラハムが生涯で自分の土地として取得したのは、ヘブロンの近くで妻サライが亡くなったとき、その墓地として地元の有力者から高価で買い取った“アクベラの洞窟とその周辺の土地”だけだったという。
 イスラエル人によるカナン全体の所有いいかえれば支配権の掌握は、ダビデによる王国建設(BC10世記初頭という)があって始めて実現している。

※イサク
 アブラハムの正妻サラは石女(ウマズメ)だったという。そのサラが、神の恩寵をうけて産んだのがイサクである(アブラハム100歳、サラ90歳)
 イサクとは「彼は笑った」というおかしな意味だが、これは、月のものがとうになくなっているサラが、子供が授かるという神の言葉を聞いて、
 『自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもないし、主人も年老いているのに』
と、密かに笑ったからという(創世記・18-12)

 創世記には、イサクにについて次のような伝承がある。
 『アブラハムがベエル・シェバにいたとき、神はアブラハムを試された。
 神は「貴方の愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行き、私の命じる山に登り、イサクを焼く尽くす献げものとして捧げなさい」と命じられた。
 アブラハムはイサクを連れて神の命じられた地モリヤに行き、丘の上に祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って薪の上に載せ、刃物をとり、息子を屠ろうとした。
 そのとき、天から主が「アブラハムよ、その子に手を下すな。何もしてはならない。貴方が神を畏れる者であることがわかった。自分の愛する息子すら、私に捧げることをおしくなかったからからである」と言った。
 アブラハムは、傍らの木の茂みでみつけた雄の羊を捕らえて、息子の代わりに焼き尽くす献げ゜ものとした』(22-1、別項「エルサレム/その歴史」参照)

 これは、神がアブラハムの信仰の深さ、確かさを試したものと解されており、アブラハムがイサクを献げものとして供義しようとしたモリヤの丘とは、今、エルサレムにある神殿の丘だといわれ、これが今、ユダヤ人が神殿の丘をユダヤ教の聖地とする根拠という。

 イサクは、父アブラハムと同じく
 『神の祝福をうけて豊かになり、ますます富み栄え、多くの羊や牛の群れ、多くの召使いをもつようになった』(同20-13)
が、その実体はあくまでも寄留者としての生涯だったという。

※ヤコブ
 ヤコブ物語は、アブラハム・イサクのそれに比べて多彩であり、これらはすべて、彼がイスラエル十二部族の始祖であるという伝承に連なっている。

 イサクは、父アブラハムの故郷に住む一族の娘リベカを娶る。リベカも又石女であったが、リベカも神の恩寵によってエサウ・ヤコブという双子の兄弟を産む。

 二人は成長して、兄エサウは巧みな狩人に、弟ヤコブは天幕の周りで働く農耕者となった。兄エサウが鷹揚で優しい性格だったのに比べて、弟ヤコブは狡猾で、それでいて先の見通しをもち、砂漠で生きていく知恵を備えていたという。

 あるとき、ヤコブは疲れ腹を空かして帰ってきたエサウの求めに応じて、兄がもっている長子権と引き替えに、自分が料理した食べ物を食べさせた(創世記26-29)
 また年取った父イサクが長子エサウに家督を譲ろうとしたとき、肌のなめらかなヤコブは、母リベカの入れ知恵で、腕に子羊の毛皮を巻き付けて毛深い兄になりすまし、目の見えなくなった父イサクを欺いて祝福をうけ、家督をだまし取ったという(同27-18)

 父をだまして兄がうけるべき家督を横取りしたことは理不尽な行為だが、神の思惑とは合致していたようで、家督を奪われて激怒した兄を避けるために、嫁探しという名目で母の里に出かけたヤコブが、途中のルズというところで野宿したとき、
 『先端が天まで達する階段を、神の使いたちが上り下りしているのをみた。
 そして主が傍らに立って
  「私は貴方の父祖アブラハムの神、父イサクの神である。貴方が今横になっているこの土地を、貴方と貴方の子孫に与える。貴方の子孫は大地の砂粒のように多くなるだろう。貴方が何処に行っても、私は貴方を守り、この土地に連れ帰る。私は貴方と約束したことを果たすまで決して見捨てない」
と告げる夢を見た』(同28-11)
 ここで神は、アブラハムやイサクと同じように、ヤコブにもカナンでの土地所有と彼の子孫の繁栄を約束している。

 目を覚ましたヤコブは、枕にしていた石を立てて油を注ぎ神を祝福しているが、石を立てるということは柱を立てることと同じことで、柱は天と地をつなぐ宇宙軸であり、神が降臨する依り代である。
 (後に、この石はブリテン島-イギリスに渡り、歴代スコットランドの戴冠式がこの石の上でおこなわれ、更にイングランドに運ばれ、今ウェストミンスター寺院の玉座の下に据えられ-戴冠石、イングランドの歴代王も又この上で戴冠式をおこなったという。
 また、この石は、王たるに相応しい者が触れれば祝福の叫び声を挙げるという伝承がある)


 ヤコブは、母方の伯父ラバンのもので14年間働き、許しを得てレアとラケルという姉妹を妻に娶り子をなすが、国に帰ることを許さないラバンのもとを逃れてカナンへ帰る途中、ヤボクの渡しまで来たとき、、再び顕れた神と相撲をとったという。
 創世記には、
 『その夜、ヤコブは二人の妻と二人の側女、11人の子供たちを川向こうに渡し、独り後に残った。
 その時、何者かがやってきて夜明けまでヤコブと格闘した。その人はヤコブに勝てないとみると、ヤコブの腕の関節を打ち、「もう去らせてくれ、夜が明けるから」といって、ヤコブを祝福し、
  「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と戦って勝ったのだから」
といった(同32-23)
 ここでヤコブは、神から“イスラエル”という名を貰い、「私は神の顔を見たのに、まだ生きている』といって、その地をベヌエル(神の顔)と名づけた(同32-31)
とある(大略)

 帰国後、兄と和解してカナンの地に住んだヤコブは富み栄え、その妻妾との間に12人の子供をもち、その子供たちがイスラエル十二部族それぞれの始祖だという。

※族長たちの出自
 旧約におけるアブラハムは、大洪水神話の主人公ノアの10代目の子孫とされ、ノアとともに方舟に乗って大洪水を生き延びた3人の息子のうち、末弟セムが直系の先祖という。
 因みに、ノアの10代前の先祖が人類の祖アダムだという。ノアを中心に、その前後10代に旧約上の主要人物を配するところに旧約の作為性が窺われ、異教徒にとっては面白い話となっている。

 アブラハムの系譜は、その子イサクから孫ヤコブを経てイスラエル十二部族へと続き、それはイスラエルの王ダビデを経てイエスにまで続いている。
 旧約を信ずる限り、“神に祝福され、その子孫は大いなる民になる”と約束されたアブラハムを共通の祖先とする血縁集団がイスラエルの民であり、更に、十二部族の一つユダ部族を主流とする人々の末裔が現代のユダヤ人だという。

 しかし今では、古代イスラエルの民は、カナンの地にいた血統も歴史も異なる多種多様な集団(部族)が、ヤハヴェ信仰と出エジプトに際しての奇跡を共有することによって成立した部族集団ではなかったかという。

 族長たちの活躍舞台をみていくと、おおまかにいって、
 ・アブラハムの物語は、中央丘陵南部のヘブロンからネゲブ砂漠北端のべぇる・シェバを中心に語られており、
 ・イサクのそれは、ベエル・シェバとその近郊のベェル・ロイ(いずれもユダヤ王国の領域)など、いわばカナン南部を中心に語られ
 ・これに対してヤコブの物語は、同じ中央丘陵でもより北方のシケムやベデルおよびヨルダン川東岸(現ヨルダン領)のマナハイムやベヌエル(後のイスラエル王国の領域)を舞台としているという。

 これらからみて、アブラハムやイサクは南部を中心とする部族の、ヤコブは北部部族の先祖であって、特にアブラハムの孫ヤコブがイスラエルという名を神から与えられ、十二部族直接の先祖とされることからみると、
 ・初期イスラエルの中心は、ヤコブを共通の祖とする北部部族であって(12部族うち10部族が北部に属する)
 ・後に、ダビデ王のもとで南部のユダ部族が全イスラエルの主導的役割はたすなかで
 ・南部集団の有力な先祖であったアブラハムとイサクが、共通の先祖として加上されたのではなかという。

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