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メギド/黙示録の世界

 1995年に起こったオウム真理教事件で有名になったものに【ハルマゲドン】があるが、その出所は“ヨハネの黙示録”である。黙示とは、「覆いを取る」「あらわにする」ことから転じて、「秘められたものが明らかにされる」という意味をもつ。

 一神教の宇宙観では、この世には始まりと終わりがあり、時(トキ)は直線的に進むという。
 簡単にいえば、その終末のありさまと、その後にくる神の国の到来を描くのが黙示録で、旧約・創世記にいう“この世の創造”に対して、“この世の終わりと新しい世の生成”を示すものといえる。
 これに対して、われわれが親しんでいるインド系宗教の世界では、この世に始まりも終わりもなく、永遠に繰り返すと考える。円環的・螺旋的世界観、いいかえれば輪廻であるが、そういうことに関心を示さず、“無記”として黙したのが釈迦である。

※ヨハネの黙示録
 黙示録といえば、一般には4福音書の最終巻・【ヨハネの黙示録】を指し、それは
 『すくにも起こるはずのこと(終末)を、神がその僕(シモベ)たちに示すためにキリストをとおして僕ヨハネに伝えられた』
預言書だが、旧約の「ダニエル書」・「エゼキエル書」もまた黙示録であり、旧約・新約の各処にも黙示的な記述が散在している。

 そこには、この世が終末に至るプロセスが詳しく且つおどろおどろしく述べられている。
 例えば、子羊(キリスト)の手によって7つの封印が解かれると、すさまじい災禍が地上に降りかかる。
 特に第六の封印が解かれると、
 『大地震が起きて、太陽は毛の粗い布地のように暗くなり、月は全体が血のようになって、天の星はイチジクの青い実が大風に振り落とされるように地上に落ちる』(黙6--12)
 さらに、
 『7人の天使がラッパを吹く毎に(黙示録8--6)、あるいは鉢に盛られた神の怒りを地上に注ぐ毎に(黙示録16--1)すさまじい天変地異が起こり、太陽は地を焼き、海は死に絶え、大地は裂け、火と煙と硫黄のなかで人間は次々に死んでいく。そして、そのなかから悪魔が現れてくる』
 『第六の天使が、その鉢の中身をユーフラテスに注ぐと、川の水が涸れて、日の出る方から来る(悪に荷担する)王たちのための道ができた。私はまた、竜の口から、獣の口から、そして偽預言者の口から、蛙のような汚れた3つの霊が出てくるのを見た。これはしるしをおこなう悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出ていった。
 それは、全能者である神との大いなる日の戦い(最終戦争)に備えて、彼らを集めるためである。汚れた霊(サタン)どもは、“ハルマゲドン”と呼ばれる所に、王たちを集めた』(黙16-16)

 ここで出てくる“ハルマゲドン”を、終末のときに戦われる“最終戦争”だと誤解している向きもあるが(オウム真理教の麻原は、この意味で使っていたらしい)、ハルマゲドンとは、最終戦争がおこなわれる場所であって、今の【メギド】がそこだという。

 神あるいはキリストと、これに逆らうサタンあるいは反キリストの決戦は、天地開闢以来起こったことのない大地震が大地を揺すり、雷鳴が轟くハルマゲドンの地でおこなわれる。
 そこでサタンは破れ、この世を支配する“大いなるバビロン(ローマ帝国を意味する)”は倒れ、サタンたちは底知れぬ闇の中に千年の間封じ込められる。
 その後、キリストと復活した義なる者(殉教者)たちが世界を統治する(黙示録20--4)。いわゆる“至福の千年”である。

 だが、黙示録の預言はまだ終わらない。千年が過ぎるとサタンが牢から解放され、不信の者たちを集めて再び最終戦争を挑んでくる。しかし、天から硫黄の火が降って彼らを焼き尽くし、サタンは火と硫黄の池に投げ込まれ、世々永劫に責めさいなまれることになる(黙示録20--7)

 天にあっては、玉座に着いたキリストの前、天使たちがトランペットを吹き鳴らすなか、地面が割れて墓が開きすべての死者が復活してくる。そして、死者も生者もともにこの世での行いにもとづいて裁かれ、義なる者は天国に迎えられ、不義なる者は地獄の火に投げ込まれる(黙示録20--12)
 これが“最後の審判”である。

 そして、最初の天と最初の地は去って、新しい天と新しい地が現れ、
 『聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を調え、神のもとを離れ、天から降って来る。・・・そしてキリストが再臨し、事は成就する』(黙21--1)
のである。
 ある意味では、自分らの神(キリスト)を信じない異教徒(邪教徒)を、徹底的に叩きつぶすという一神教の神髄が、余すところなく記されているのがこの黙示録ともいえる。

 『ヨハネの黙示録』は、1世紀末のドミティアヌス帝(81〜96)によるキリスト教徒大迫害の頃、ギリシャのパトモス島にいた著者ヨハネが、主が示された啓示を記したものという(著者ヨハネと福音書記者のヨハネとの同異は不明)
 当時はローマ帝国の全盛期で、ローマの神々あるいは皇帝礼拝を拒否するキリスト教徒は過酷な迫害にさらされていた。彼らにとっての黙示録は、ずっと後にやってくるであろう至福の世界を象徴的に描くのではなく、文字通り目の前に迫っている終末の日を描いたものと受けとめられていた。
 彼らは、そのとき凄絶な最終戦争がおこなわれ、そこから必ず新しい至福の世がもたらされると信じたのである。というより、そう信じざるを得ない時代を生きていたといえる。

※メギドの丘テル・メギド
 北部イスラエル・エズレル平野の南西に位置する【メギド】は、前24世紀の文書(エブラ文書)にも“城壁に囲まれた町”として記されているように、古くからの町である。しかし、黙示録に係わるものは皆無である。、

 今メギドで目にする古代遺跡は、【テル・メギド】と呼ばれる20層にも及ぶ重層遺跡からなる丘である。
 その中に残っている、前4000年紀頃の“カナン人の聖所”と呼ばれる、一段高くなった石積の円形祭壇跡(直径7〜9m、H=2.25m)では、カナン人たちがバアル神に捧げる祭祀儀礼を執りおこなったとされ、テルの麓から城内へ水を引き込む地下水路(L=700mほど)なども発見されている。


メギドの丘(資料転写) 
 



同・発掘平面図
(資料転写)
 
カナン人の聖所(伝)
(中央、円形の石墨が聖所址)

 この地は、メソポタミアからエジプトに至る交通の要衝であったため、ここを舞台として、幾度となくおおきな戦いが繰りかえされてきた(20数回にも及ぶという)
 例えば、エジプト第18王朝4代目のファラオ・トトメス三世(BC1504--1450)が、最初のアジア遠征のとき(BC1480コロ)、この地で、カナン諸国同盟軍を撃破したという記録が残っている。この戦いは、カナン(イスラエルの古名)におけるエジプトの宗主権確立の端緒となった戦いである。
 下って分裂王国時代になると、ユーフラテス川近くのカルケミシュを攻めようとして北上してきた、第26王朝のファラオ・ネコ二世(BC610--595)を迎え撃とうと出撃したユダの王・ヨシヤ(BC640--609)が、この地での戦いに破れて戦没したという(歴下35--20)。この敗戦は、ユダ王国衰亡の端緒ともなった戦いである。
 これらの戦いの記憶が、この地をハルマゲドンとする理由なのかもしれない。

 また旧約・列王記上には、ソロモン王が“領土防衛のために、北方のハツォール、中央部のゲゼルなどとともにメギドにも要塞都市を築いた”と記している(9--15)
 その遺構が含まれるテル・メギドからは、城壁の一部とともに“ソロモンの三重門”といわれる“鍵型の城門跡”や、古代の戦車を牽引する馬(3頭立て戦車150台分)を収容した“厩舎跡”などが発掘されている。この厩舎には、450頭の馬が収容できたといわれるが、構造上の問題から倉庫ではなかったかと疑問視もされている。

 
ソロモンの厩舎址(伝)




 
同 左
想定復元図
 
ソロモンの鍵型三重門(伝)
 


同 左
想定復元図

※他界論
 黙示録は一種の【他界論】ともいえる。他界とは通常“死後の世界”をいうが、もともとユダヤ人には、死んだ後に行く“他界”についての明確な理念はなく、漠然と、人は死んだら地下のシェオル(冥土・冥界)へ行く、と考えていたという。
 そこは、薄ぼんやりとした陰惨なところで、死とともに肉体は腐敗して消滅するが、個人の霊魂というか何らかの残滓がシェオルに行って、起きているとも寝ているともわからない、影のような状態で彷徨うと畏れられていた。
 トロイ戦争で死んだアキレウスは、冥府まで尋ねてきたオデッセウスに、
 『輝けるオデッセウスよ。私の死を慰めることは止めてほしい。苦しみの中で死んだ者たちの王になるより、むしろ生きて、暮らしの糧もままならぬ、土地さえ持たぬ男でもよい、そんな男の奴隷となって鋤のあとを追っている方がどれほどましか』(オデッセイア)
と嘆いている。しかしそこには、生前の行為による懲罰という観念はない。

 ユダヤ人がシェオルを畏れる最大の理由は、そこでは神・ヤハウェとの交わりが絶たれてしまうことで、旧約では“滅びの穴”“声なき所”“忘却の国”(いずれも詩編)などと記し、聖書思想事典には、
 「シェオルではすべての死者が、たとえその屈辱には程度の差があるとはいえ、等しく悲惨な運命のもとに置かれている。彼らは“ちり”と“うじ”にわたされている。彼らの生は、もはや眠りにすぎない。もはや希望も、不思議な御業の体験も、神への賛美もないからである。・・・そしてひとたび陰府の門をくぐれば、再び帰ることはない」(他界論・梅原伸太郎1995)
とある。神の手はシェオルには伸びてこないのである。

 旧約も終わりの頃になると、神の国(天国)という観念が生じてくるが、預言者と少しばかりの義人が天に上げられるだけで、普通の人は依然として地下の冥界に呻吟しているとされた。
 (ガイドの話では、ユダヤ人は今でも死後の世界という観念はないという。 “死んでしまえば、それで終わり”というが、“無”とはちょっと違うらしい。ゆっくり聞きたかったが、チャンスがなかった)

 死者に“塵(チリ)”や“蛆(ウジ)”がたかっているということでは、古事記にいう“黄泉国(ヨミノクニ)”とよく似ている。
 身まかった妻イザナミを追って黄泉国へいったイザナギは、蛆にたかられたイザナミを見て逃げだす。それを怒ったイザナミはイザナギを追いかける。最後は大石を間にはさんでの“ことどのわたし”(永遠の別れ)になるのだが、すくなくとも黄泉の国の死者は、自分の意志というものをもっている。 
 またスサノヲが支配する“根の堅州国”(死者が赴く冥府)には、地上と同じような自然や日常生活があり、訪れたオオクニヌシに一目惚れしたスサノヲの娘・スセリヒメは、父親・スサノヲから難題をもちかけられるオオクニヌシを助け、最後には彼と一緒に地上に出奔している。ここでの冥府は、われわれのすぐ傍らにあって地上の世界と同じと考えられていた。
 またわが国では、死者は死んだ直後は穢れているとして畏れられるが、次第に浄められ、子孫の手厚い祭祀を受けることで死霊は祖霊として甦り子孫たちを見守るという。

 これに対してユダヤ人の死者は生きていない、かといってはっきりと死んでもいない。神も、彼らを顧みないから復活も再生もない。
 このような漠然とした冥界の存在はキリスト教でも同じで、天国は与えられたが、そこに具体性はなく、義なる者は天国に上げられるという希望は与えられたが、自分がそうだという保証はない。何時か分からない復活の時が来るまでシェオルでぼんやりしているともいえる(これを救うために生まれたのが“煉獄”という観念らしい)

 そこに天国と地獄という強烈な観念をもたらしたのがヨハネの黙示録といえる。
 この世が終末を迎えたときにおこなわれる最後の審判によって、生者死者を問わず、その信仰に如何によって義と不義、善と悪とに区別され、それぞれの場所に送り込まれて永遠を生きる。一方は至福の時であり、他方は永遠の責め苦である。

 ただ、この世の終末はすぐにでも起こるはずだったが、未だにやってきていない。当然のこととして最後の審判も未だにない。死者は依然としてシェオルに漂っているのかもしれない。
 しかし一方では、終末はすでに到来している、教会こそが神の国のこの世における実現である、というキリスト教独特の教義もある。教会での告解を受けることで、天国へ直行できるというドグマである。

 仏教での他界といえば地獄極楽がある。仏陀は何ら説いていないが、大乗仏教の興隆とともに表に出てきた観念で、特に浄土系宗派で重視されている。それは善因善果・悪因悪果という応報論であり、ひいては「諸悪莫作、衆善奉行」(もろもろの悪をなさず、すべての善をおこなえ−法句経)という倫理観にも連なっている。

 しかし同じ地獄といっても、仏教の地獄は永遠ではなく、地獄から救済される場合がある。「わが名を唱える人を、地獄の苦から救う」との誓願を立てた地蔵菩薩は、地獄からの救済を本務とする。
 一説によれば、地獄にあって死者を裁く閻魔大王は地蔵菩薩の化身だともいう。
 仏教による救済の根本理念は、善悪による二分論ではなく、一切を救いとろうとする仏の慈悲であり、それを死者にまで及ぼそうとするのが地蔵菩薩だといえる。

 また終末論に似たものとして、仏教の【末法思想】がある。釈迦入滅後500年は、その教えも、それを実践する人も、悟りを開く人もいる“正法”の世で、続く1000年間は、仏の教えとそれを学ぶ人はいるものの、悟りを開く人は現れず、教えの像だけがのこる“像法”の世へと移り、その後は、教えは残るものの、学ぶ人も絶え、またたとえ修行したとしても悟ることが不可能な“末法”の世へ突入する、という思想である。
 正・像・末の時代をそれぞれ何年と数えるかには諸説があるが、わが国では平安中期の永承7年(1052)をもって末法の世に入ったとする。この“この世は末法の世である”という認識が浄土思想を育て、法然・親鸞などに象徴される鎌倉新仏教へと続いていった。
 この末法思想は、ある意味では終末思想ともいえるが、それは、あくまでも個々人の心の問題であり、そこには善と悪の最終決戦もなければハルマゲドンも存在しない。
 しかしながら、今の世が末法の、そのまた末の世であることに違いはない。

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