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八幡信仰/宇佐神宮

 わが国にはいろんな神社があるが、八幡神社・約25,000社というのは稲荷社に次ぐ数である(神道事典1999版)。しかし、数が多いわりには八幡神の由緒・神格などあまり知られていない。

 大分県宇佐市に鎮座する八幡神社の総本社・『宇佐神宮』(明治4年までは「宇佐八幡宮」)は、延喜式神名帳(927撰上)・豊前国の条に、
 『宇佐郡三座、八幡大菩薩宇佐宮・比盗_社(ヒメ)・大帯姫廟神社(オオタラシヒメビョウ)
とある式内・名神大社で、その祭神は応神天皇・比売大神・神功皇后とされる。

 しかし、先行する史書・古事記(712撰上)・日本書紀(720撰上)には姿を見えず、国史上では、続日本紀・天平9年(737)条に始めて登場するという新しい神であるにもかかわらず、10年後、東大寺大仏建立への協力を託宣することで都に迎えられ(748)、道鏡天位託宣事件(769)によってその託宣の威力が認められ、その後、国家鎮護神として京都・石清水に迎えられる(860)や、またたく間に伊勢に継ぐ第二の宗廟になったという特異な神である。

 そんな八幡神の原姿は異国の神だという。その神が日本の神へと変貌するなかで幾つもの由緒・伝承が語られ、それらが互いに錯綜するという難解な神でもある。
 なお、八幡は“ハチマン”と読むことが多いが、本来の読みは“ヤハタ”で、こちらの呼称が古いという。

 宇佐神宮が鎮座する宇佐市は、九州北部の宇佐平野に位置し、古代豊前国の東端に当たる。北には周防灘が広がり、南は山地、東は国東半島、西は中津市に連なる。
 ほぼ真ん中を北流する駅館川(ヤッカンガワ)によって東西に二分され、宇佐神宮は東部地区・御許山(オモトヤマ)北麓の独立峰・小椋山(オグラヤマ、亀山・菱形山ともいう)に位置し、摂末社は市内全域及び隣接市域に広く点在している。

 中心となる宇佐神宮及びその廻りの摂末社は徒歩での参詣可能だが、市域周辺のそれは公共交通機関不備のため車が必要となる。九州へ行く機会があったので、宇佐神宮及び関係する摂末社の幾つかをまわってきた(2008-10-11・12)。その参詣記を兼ねて自分なりの八幡神をまとめてみた。

宇佐神宮/摂末社位置図
 

主な参考図書
・宇佐神宮由緒記−−宇佐神宮庁
・宇佐神宮(写真集)−−宇佐神宮庁
・八幡信仰の研究−−中野幡能1967
・宇佐神宮史・史料編1・2−−宇佐神宮庁1984
・日本の神々・九州編−−谷川健一編1984
・秦氏の研究−−大和岩雄1993
・宇佐八幡宮放生会と法蓮−−中野幡能1998
・八幡信仰事典−−中野幡能編2003
・八幡神とは何か−−飯沼賢司2004
・八幡神と神仏習合−−逵日出典2007

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