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彼岸花(曼珠沙華)

 猛暑というより酷暑というのが相応しかった今年も、秋の彼岸が近づくと、近くの公園に作られたミニ田圃の畦に『彼岸花』が咲き始めた。
 秋の彼岸の頃に咲くからヒガンバナというのだろうが、開花には暑さ寒さよりも日照時間が関係するといわれ、秋晴れの下、野道の端や稲穂が垂れる田圃の畦などを、燃えあがる炎のような真紅に染めて咲き乱れる様は、絵画・写真などの格好の題材となっている。

 通常見られる彼岸花は赤花が普通だが、少ないながら白花彼岸花もあり、杉本秀太郎氏は
 「白花というが純白ではなく、株によっては淡いクリーム色を呈していたり、うっすらと紅を浮かべている。
 真っ赤な彼岸花の群がり咲く傍らの二・三輪のシロバナ彼岸花には、かんかんになって怒っている仲間を、涙をうかべてじっと見ているような、耐えたる風情をおぼえる」
という(花ごよみ・1987)、これも一幅の絵か。

 ヒガンバナとは学名をLycoris radiataという多年生・球根性植物で、わが国自生の植物ではなく中国大陸から稲作とともに伝来したというが、実態は不詳。
 ただ、奈良時代には知られていたようで、万葉集の
  「道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は」(2480)
  (道ばたの いちしの花のように みんなが いちしろく(はっきりと)知ってしまった わたしの恋妻をば--日本古典文学全集・萬葉集)
にいう“いちしの花”が彼岸花だという。
 ただ、“いちしの花”の正体についてはクサイチゴ・エゴノキ・ギハギシなど諸説があり、彼岸花とするのはその一つで、白い花の咲くクサイチゴが相応しいともいう(全集・注記)
 また、ここでのイチシの花とは、イチシロシ(はっきりと)を引き出すために同音のイチシを用いたもので、歌の意とは無関係。

 彼岸花は、花も鮮やかで名にも何となくロマンがあるが、何故か、好きという人と嫌いという人に分かれ、嫌いというのは年配者に多い。
 また、幽霊花・地獄花・死人花(シビトバナ)・灯籠花・捨子花など縁起の悪い名で呼ばれることが多く、こういう別名が各地に残っていることは、昔から忌み嫌われていたことを示唆する。

 この花には毒があることから(特に球根に多い)、幼い頃、母親から『採るな』『触るな』といわれた記憶がある。
 しかし、それを逆転して、田畑に地下から侵入してくるモグラなどの害獣を避けるために畦に植え、また土葬だった時代には、獣などから遺体を荒らされないように墓のまわりに植えられたともいう。

 この花が幽霊花など縁起の悪い名で呼ばれるのは、お彼岸の頃に咲くこと、墓の周囲などに多いことなどが、死に連なる不吉な印象を与えたのかもしれない。

 しかし一面では、球根に澱粉が多量に含まれていることから、これを砕いて水によくさらして毒性を取り除けば食料になるとして、江戸時代、貝原益軒は救荒植物(飢餓の時、最後に食べる食物)として田畑の畦などに植えることを勧めたという。


 彼岸花は別名・曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれ、詩歌などではこの方が多く(少ないけれど彼岸花と詠うものもある)、例えば
 ・つきぬけて 天上の紺 曼珠沙華 (山口誓子)
 ・西国の畦 曼珠沙華 曼珠沙華 (森澄男)
 ・曼珠沙華 二三本 馬頭観世音 (寺田寅彦)
 ・曼珠沙華 咲く野に出でよ 観世音 (橋本鶏二)
 ・曼珠沙華 入り日の中の 燠(オキ)となり (鷹羽狩行)
 ・人誰も 逝く日を知らず 彼岸花 (山崎百合子)
などのように、仏教あるいは死とのかかわりのなかで詠われたものが多い。

 また歌謡曲には、
 ♪赤い花なら曼珠沙華 オランダ屋敷に雨が降る・・・♪に始まる懐かしのメロディー・長崎物語(昭和13年発表で、同30年代まで歌われた流行歌)があり、今でも、歌詞は忘れたが哀愁を帯びたメロディーはおぼろげに覚えている。

 また、曼珠沙華と書いてヒガンバナと読ませたものもあり、北原白秋作・山田耕筰曲(1911)の歌曲・曼珠沙華(ヒガンバナ)では、
 ♪ゴンシャン ゴンシャン 何処へゆく 赤い御墓の曼珠沙華(ヒガンバナ) 曼珠沙華(ヒガンバナ) けふも手折りに来たわいな・・・♪
と歌われ、ゴンシャンとは幼い子供を亡くした母親への呼びかけといわれ(諸説あり)、ここでも彼岸花は死とのかかわりの中で詠われている。


 彼岸花を曼珠沙華と呼ぶ理由は不詳だが、仏教からきたともいわれ、法華経序品には、
 「釈迦が法華経を説きおわって、結跏趺坐(ケッカフザ)し無量義処三昧(ムリョウギショサンマイ、瞑想三昧の境地)に入られた時、
 天より曼陀羅華(マンダラケ)・摩訶曼陀羅華(マカマンダラケ)・曼珠沙華(マンジュシャケ)・摩訶曼珠沙華(マカマンジュシャケ)が降(フ)り下り、
 仏の上及び諸々の大衆に散じ、普(アマネ)く仏の世界は六種(ムクサ、東西南北と上下)に震動す」
とあり、釈迦が法華経を説き終わったとき、天から目出度い花・四華(シケ)が降ってくるという瑞相が現れたという。

 この時、天から降ったという四華とは、岩波仏教辞典(1986)によれば
 ・曼陀羅華--四華の一つで、目出度い印として天から降り下り、見る者の心を悦ばせる華で、“天妙華”・“白団花”とも漢訳され、白い花とされることが多い。日本ではチョセンアサガオの別称。
 ・曼珠沙華--四華の一つで、法華経が説かれる際の瑞兆として天から降り、“柔軟花”・“赤団華”とも漢訳され、赤い花とされ、見る者の固い心を柔軟にするともいう。日本ではヒガンバナの別称。
 ・摩訶(マカ)--“大きい”という意味
という。

 これによれば、曼陀羅華・曼珠沙華とは天から降った花(天上の花)だが、花の色が白・赤というだけで花姿は不明。
 しかし、瑞兆をあらわす目出度い花であるには違いなく、その曼珠沙華が、わが国で不吉な花とされる彼岸花に比定される由縁は不明。
 また、曼陀羅華の別名とされるチョウセンアサガオはナス科の外来植物で、その漏斗状の花がアサガオに似ていることからこの名がついたといわれ、それが如何なる由縁で曼陀羅華に比定されたのかは不明。

 この法華経にいう瑞兆を詠ったのが、梁塵秘抄(1169・伝後白河法皇編)にある
 ・鷲の御山の法(ノリ)の日に 曼陀羅曼珠(マンダラマンズ)の華降りて 栴檀沈水(センダンヂンスイ)満ちにほひ 六種に大地ぞ動きける (58番)
 ・法華経弘めしはじめには 無数の衆生そのなかに 本瑞(ホンズイ)所々に雲映(クモハ)れて 曼陀羅曼珠の華ぞふる (59番)
 ・釈迦の法華経説くはじめ 白毫(ビャクゴウ)光は月の如 曼陀曼珠(マンダマンジュ)の華ふりて 大地も六種に動きけり (60番)
との今様(イマヨウ・当時の流行歌)で、当時の人々に広く詠われたという。

 なお、資料によれば、法華経でいう曼珠沙華は白い花であって赤いヒガンバナではないとの説もあるが(曼陀羅華と曼珠沙華の混同か)、ここでは仏教辞典を採る。

 彼岸花は花と葉を同時に見ることはできない。花の時には葉がなく、花が終わった後で葉が出てくる。
 そこから、わが国には“ハミズハナミズ”との別名があり、韓国では、“花は葉を思い 葉は花を想う”として『サンチョ』(相思花)と呼ばれるそうで、そこには縁起が悪い・不吉という感情はない。

 どうも、彼岸花を忌み嫌うのはわが国、それも年寄りだけらしい。

     
     
    枚方・山田池公園 2018.09.17撮影

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