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白山神社
福井県今立郡池田町志津原20-23
祭神--不明
                                                   2019.10.26参詣

 JR本線・武生駅の東約17km、国道417号線から北へ入った志津原集落の中に鎮座する小社だが、道路脇に案内表示等はない。
 当社の西隣りに駐車場を挟んで渓流温泉・冠莊(案内表示あり)が、北側にツリーピクニックアドベンチャ-池田との運動施設がある、国道を挟んだ南側に「能面の里 能面美術館」と「ぬくもり茶屋」がある。

※由緒
 社頭に掲げる案内には、
 「当白山神社は、遠い昔(室町初期頃)から能舞が毎年正月17日(旧暦)に盛大に奉納されてきた。今は能舞は廃絶したが、2月17日の能面祭として伝承されている。 
 能舞の奉納は廃絶したが、往昔使用されていた多数の能衣装と能・狂言の面が14面(大半が室町期の作)保存されている」
とあるだけで、当社の由緒・祭神等についての記述はなく、また当社関係の資料も能面祭のことばかりで由緒等を記したものはみあたらない。
 (観光協会の方のお話では、当地方の社寺は、天正元年-1573の織田信長越前侵攻と、それと略同時に起こった一向一揆の争乱で社殿・古記録等を殆ど消失したため、由緒等不明の社寺が殆どという)

 当社が白山神社(ハクサン)と称することからみると、奈良時代初期に起こった白山修験道に関係する社で、その開祖・泰澄(伝682--767)を開山とする三馬場(バンバ・加賀・越前・美濃各一ヶ所)の一・越前平泉寺(現平泉寺白山神社・勝山市平泉寺町)の末寺としての修験道道場が、明治の神仏分離によって神社として独立したものかとも思われるが、手がかりとなるような資料はみあたらない。
 因みに、福井県内には白山と称する神社が30数社あり(泰澄は当地生まれといわれ、越前・加賀を拠点として白山修験道を広めたという)、何れも白山信仰(白山修験道)に係わる神社と思われ、当社もそのひとつであろう。


※祭神
 案内・資料なく祭神名不明。
 当社に関係すると思われる平泉寺白山神社の祭神が、伊弉冉尊・天忍穂耳尊・大己貴命であることから、同じ祭神かと思われるが不祥。


※社殿等
 国道から北へ、集落内の小道を少し入った左手、杉の大木に挟まれるように鳥居が立ち、その奥・杉林の中に銅板葺(ベンガラ色)の屋根を持つ拝殿が建っている。
 鳥居前の杉の大木には、根本に這う太い根にびっしりと苔が付いている。

 
白山神社・社頭
 
同・鳥居(奥は拝殿)
 
同・杉根本の苔

 拝殿は、背の高い急勾配の大屋根を頂いた簡素な造り(入母屋造)だが、一見して神社というより仏殿という感じで、嘗ての当社が修験道道場だった頃の面影を残した社殿かと思われる。
 内部は暗くてよく見えない。

 
白山神社・拝殿
   
同・側面

 拝殿の後ろ、玉石を積んだ石垣の上に波板板で囲われた覆屋が建ち、中に一間社流造と思われる本殿が鎮座するが、周りに隙間がなく本殿の全体は見えない。
 向かって左に建物一棟が建つが、これが何なのかは不明。


白山神社・本殿 
 
同 左

同・本殿社殿 

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