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府 中 神 社
三重県伊賀市佐那具町
祭神--大鷦鷯命他10座
                                                      2017.09.25参詣

 JR関西本線・佐那具駅の南東約500mに鎮座する小社。式外社

 JR佐那具駅の西寄りから小道を南へ、国道25号線に出る直前の三叉路脇に鎮座する。

 参詣の栞には、
  「大和街道 佐那具宿  
  当地は嘗ての伊賀八宿の一つで、大和街道の上野と柘植を結ぶ中継拠点として栄えました。今なお街道筋の面影を伝えています」
とあり、掲載する東海道分間延絵図・佐那具宿(1806・右絵図)の中央下部に朱塗りの鳥居が小さく見え、その当時から鎮座地は変わっていないとみえる。 

絵図-佐那具宿

※由緒
 拝殿前に置かれていた参詣の栞には、
  「江戸時代には若宮八幡宮と称していましたが、明治41年(1907)に周辺の摂末社を合祀し、明治42年に『府中神社』と改称して現在に至っております。
 藤堂藩の伊賀城代家老・藤堂元甫が記した一宮記には、佐那具の若宮八幡宮には佐那具・千歳・敢國神社の三社がある中で、佐那具の若宮八幡宮が最も古いとしており、棟札や手水鉢の年号から元禄年間(1688--1704)には創建されていたと思われます。
 文化3年(1806)頃に描かれた東海道分間延絵図には、現在地に『若宮八幡』が描かれ、境内社には天王社と行者堂が祀られています。
 明治の合祀令で、千歳・外山・坂之下の産土神を合祀して以来、ご祭神は大鷦鷯命をはじめ合わせて11神をお祀りしています(以下略)
とある。

 三重県神社誌(1919)には
  「当社は往古より鎮座にして元若宮八幡宮と称せしが、明治40年許可を受け境内社津島神社・山神社三座、並びに大字佐那具の無格社津島神社・無格社春日神社を合祀し若宮八幡宮と単称し、
 次で41年許可を受けて大字千歳村社桜木神社・同境内社山王神社・山神社・大字外山村社諏訪神社・大字坂ノ下村社稲荷神社を合祀して府中神社と改称せり」
とある。

 また栞がいう一宮記云々とは、神社誌収載の一宮社記(敢國神社蔵)に記す
  「若宮八幡神祠三有り 一佐那具村に在り 一千歳村に在り 一本社(敢國神社)西に在り
  而して 佐那具村神祠最古也・・・」
を指し、嘗ての若宮八幡宮の中では最古の社という。

※祭神
 参詣の栞には
  大鷦鷯命・須佐男命・大山祇命・天児屋根命・木花開邪比売命・金山比古命・建御名方命
  ・軻遇突智命・倉稻魂命・大己貴命・市杵島比売命
とある。
 主祭神は大鷦鷯命(仁徳天皇)と思われ、他は明治末期の合祀によるものであろう。

 なお、当社の西約2kmに鎮座する式内・波多岐神社の境内社にも府中神社がある。
 明治末期の神社合祀令で近傍の諸社を合祀したとの由緒は同じだが、祭神が異なることから(一部同一神あり)別社とみるべきであろう。

※社殿等
 道路脇の鳥居を入った境内左側に拝殿が、その奥、透塀で区画された中に本殿が、それぞれ東面して鎮座する。
 透塀が高く、本殿の屋根が見えるだけで様式等は実見不能。

     

 拝殿の左右に境内社4宇が鎮座するが、鎮座由緒・年代等不明。
  左--稲荷社・金刀比羅社
       何れも覆屋の中に小祠が鎮座する。
  右--秋葉社・牛頭天王社


拝殿左  左:稲荷社・右:金刀比羅社 
 
同 左
 
拝殿右  稲葉社
   
同・牛頭天王社

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