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*イラン紀行から、2005.04.07訪問

ペルシャ/人面牡牛像

ペルセポリス遺跡
 世界文化遺産・ペルセポリスは、イランの中央部・ラハマト山の麓に広がる丘陵部にある。アケメネス朝3代目の王・ダリウスT世(BC522〜486)の即位早々に造営が始められ、孫に当たるアルタクセルクセスT世(BC456〜424)までの3代・約100年を要して完成された古代ペルシャ・アケメネス朝の都である。

 ペルセポリス遺跡は、南北約455m・東西約300mという長方形大基盤(約125,000u)の上に、さらに基壇を設けてそれぞれの宮殿が建つという大規模な古代都市遺跡である。
 見学コースである西側から近づくと、巨石を積み上げた大基壇の西壁(H≒12m)とその上に建つ建物の円柱列が見る者を圧倒する。

万国の門
 万国の門は、大基壇上への大階段を登ったすぐに建つ方30mほどの小振りな建物である。
 クセルクセスT世が建てた建物で、門柱内側に「余ばダリウス大王の孫・クセルクセスで、神アフラ・マズダーの意志により征服せる全世界の国々の記念としてこの門を造る・・・」との碑文が記されているという。
 各地から訪れた奉賀使節らが、宮殿に伺候する前に身支度した控えの間だろうという。今、東西出入り口の門構えと、中央広間に立つ円柱3本(本来は4本)だけが虚空に聳えている。

人面牡牛像
 万国の門の東西出入口には、その両側に巨大な【人面牡牛像】(牛人像ともいう)が立っている。
 東門のそれは翼を持つ“有翼人面牡牛像”で、西のそれは翼のない“無翼人面牡牛像”である。

 人面牡牛像とは、その名のとおり“人の顔を持った牛”で、東門のそれは首から上が人間で、頭には円筒形冠をかぶり、長髪を振り分け、長い顎髭を胸元まで垂らしている。
 顔面が削られているため細かい顔立ちはわからないが、胴体は牛で、肩口から前足の付け根にかけて 羽根状の模様が細かく彫りこまれ、背中からは大きく広げられた鳥の翼が巻あがっている。

 対する西門の像には羽根らしきものはない。左の一基は頭部に頭巾状のものをかぶっているが、顔面を完全に削り取られ、右のそれは首から上がなくなっている。2基とも無翼の牛人像である。


万国の門

有翼人面牡牛像(東門)

同  左

万国の門・遠景 
 
無翼人面牡牛像(西門)

 有翼像の顔面、無翼像の頭部、いずれも風化による破損ではなく偶像を否定するイスラム教徒による破壊という。
 古くから、眼には特別の力があるとされ、悪意を持つ人から向けられる邪視により思いかけない禍をうけることがあるといわれるように、人物像や偶像の眼も異常な力を持つとして怖れられていた。

 イスラムの伝承では、創始者ムハンマドがメッカに入場した日、カアバに並ぶ偶像にむかって「真理は現れた。虚偽は消滅した」といいながら、弓の先で眼や顔を突き刺して偶像を倒し破壊した、と伝える。
 偶像を否定するイスラムの教義によるといわれているが、これも異教の偶像の眼が持つ異常な力を怖れたと見ることができる。
 万国の門に立っていた偶像の顔面・特に眼部を壊すことは、それによって宮殿の守護神である偶像を単なる物体・デクノボウと化せしめた、ことを意味する。

 人面牡牛像は、東西の出入口それぞれの両側に立っている。もともとからふたつの像として造られたのか、ひとつの像をふたつに分けたのかはわからない。

 旧約聖書によれば、アブラハムは年老いても子供がなかったが、神が教えるままに牡牛・牝牛・牡山羊・牝山羊をふたつに裂き、道の両側に置いた。夜になると、神が燃える松明となったその間を通った。神はアブラハムと契約を結び、妻サラは長子・イサクを生んだ。
 ここで神がふたつに裂かれた生贄のあいだを通ったのは、アブラハムとの間に結ばれた契約の証である。

 またクセルクセス王がギリシャに遠征したとき、晴れていたのに太陽が姿を消した。占いによってギリシャの滅亡を予告された王は、それを確実なものとするために、生贄として人の身体をふたつに裂いて道の両側に置き、軍隊にその間を通らせた(ヘロドトス「歴史」)
 前途に起こるであろう災厄を祓うとともに、生贄の持つ力を軍兵に付加する呪的行為である。

 人や動物をふたつに裂いたり上下に切断するのは、神への供儀であり、その場は祭壇である。
 万国の門入口の両側に人面牡牛像を置いたことは、もともとふたつに裂いた生贄の名残ともいえ、この建物が祭壇であったことを示唆している。

 古く、神殿・祭場には“一処二祭場”というスタイルがあった。ふたつの祭場あるいは祭祀施設が一対で完成し、“死と再生”を意味するという。
 ヘロドトスは、ギリシャ・テュロスにあったふたつのヘラクレス神殿を見て、
 「一方は不死の神ヘラクレスを祀り、一方を半神として死者に対する礼をもって祀った」
と記している。不死の神としてのヘラクレスと、死を免れない英雄(半神)としてのヘラクレスである。
 また、「エジプトのラムセスV世が建てたヘバイトス神殿の楼門は、高さ11mにもおよぶふたつの像が立っている。ひとつは夏の像、もひとつは冬の像と呼ばれた。夏の像は丁重に扱われたが、冬の像は逆だった」と記している。ここでの夏は生を、冬は死を意味する。

 わが国の寺院山門には阿吽2躰の仁王像が立っている。阿形(開口)は死を象徴し、吽形(閉口)は生を意味するという。ヘラクレス像と同じである。

 万国の門に立つ人面牡牛像は、宮殿全体を護る守護神というが、聖域(宮殿)と俗界の境界に立つ境界神でもあり、有翼・無翼の別は聖と俗、死と生(再生)を意味している。
 どちらが生でどちらが死かはわからないが、アッカド神話の“イシュタルの冥界下り”に「冥界の住民は鳥の羽根の衣服を着ている・・・」とあるから、町にむかう無翼の西門が俗への門、有翼の東門が聖なる門だったのかもしれない。
 人々は、俗なる無翼の門から入って一旦死に、聖なる有翼の門を通って再生し、祝福された状態で聖なる王に拝謁したのであろう。

 人と獣が合体した人面獣身像はペルシャだけではない。古くから古代メソポタミア各地に見られるもので、獣身部は牛・ライオン・想像上の怪獣など強い力を持った獣で表された。
 また無翼の人面牡牛像は古くシュメール都市国家時代(BC29世紀頃)から、有翼のそれはバビロニア時代(BC19〜18世紀頃)から始まったという。
 アッシリアでは有翼人面牡牛(獅子)像が王宮や神殿の守護神として門柱を飾ったというから、万国の門のそれもアッシリア伝来と考えられる。

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