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萱 島 神 社
大阪府寝屋川市萱島本町21-5
祭神--菅原大神・豊受大神・萱島開拓の祖神
                                           2019.12.12参詣

 京阪電鉄・萱島駅の高架下に鎮座するが、その御神木(楠)が駅ホームを突き抜けて聳えるという特異な神社。

※由緒
 境内の案内には、
 「天明7年(1781・江戸中期)萱島開拓の祖神を宗源の宣旨により霊神として祭るに際し、豊受大神・菅原大神を勧請し、三神を鎮守の氏神として合祀される。
 昭和46年より同55年の京阪電鉄の高架複々線工事の完成により、同社より寄進を受け再興される」

 また、Wikipediaには
 「一帯は萱島流作新田と呼ばれる開拓新田であったが、その鎮守として天明7年に萱島開拓の祖神を祀ることととなり、宗源の宣旨によって豊受大神・菅原道真が勧請・合祀された。
 明治時代には村社に列格し、「神明社」という社名であったが(明治12年の記録)、明治40年(1907)に一旦廃社となった。
 昭和55年(1980)に駅隣の敷地に京阪電鉄が社殿を造営・寄進して再興された」
とあるが、他に当社創建に関する資料はみえない(楠に関するものが殆ど)

 当地一帯は、今は民家が密集した市街地となっているが、
 「江戸中期頃までは寝屋川の河原で、萱島と呼ばれるように、カヤやアシが生い茂った中洲だったといわれ、その中洲が開拓されてできたのが萱島流作新田」(寝屋川市の文化財)
といわれ、その新田開拓とともに、豊穣を祈願して創建されたのが当社の始まりと思われる。


※祭神
 社頭の案内には、菅原大神・豊受大神・萱島開拓の祖神とある。
 *菅原大神
  菅原道真のことで、本来は祟りをもたらす御霊神だが、江戸時代には学問の神へと変貌していることから、時代の流行にあわせて学問の神として勧請したものであろう。

 *豊受大神--所謂伊勢外宮に祭られる神で、穀物の神とされることから、新田を守護する豊穣の神として勧請されたかと思われるが、確たる由縁は不明。

 *萱島開拓の祖神
  寝屋川市誌(1966)によれば、「萱島の開墾者たる神田氏の祖・善右衛門の霊」という。
  上記案内は、「萱島開拓の祖神を宗源の宣旨により霊神として祭る」とあるが、その宣旨が如何なるものかは不明。
  ただ、中世以降の神道界に絶大な権威を以て臨んだ吉田神道(京都・吉田神社の社家・吉田家)の別名を元本宗源神道と称したので、“宗源の宣旨”とは、その吉田家から下したものかもしれない。


※社殿等
 萱島駅南側の道路沿いに“御神燈”(提灯)7基を揚げた簡単な入口があり、傍らに萱島神社と刻した石標で立つ。
 入口を入ると鳥居が立ち、駅高架桁下に朱塗りの社殿が鎮座する。

 
萱島神社・入口
 
同・全景
 
同・鳥居

 社殿は、高架下という条件から屋根が低く、正面に唐破風向拝を有する派手な様式で、幾つもの提灯が奉納されている。
 社殿の中には、切妻造平入りの本殿が鎮座する。

 
同・社殿正面
 
同・本殿 

◎萱島の大クスノキ(御神木)
 社殿の右にある御神木で、その前の案内には、
 「萱島の大クスノキ
 この大きなクスノキは、高さ約20m、幹廻りは約7mもあります。
 樹齢700年ともいわれ、昔から萱島の大クスノキとして地元の皆さんに親しまれてきました。

 昭和47年11月、輸送力増強のため着工した土居~寝屋川信号所間高架複々線の建設に際し、地元の皆さんのクスノキに寄せる尊崇の念にお応えし、新しい萱島駅と共にこのクスノキを後世に残すことにしました。

 特有の芳香を放ち、豊かな緑を繁らせて人々にやすらぎを与えてきたクスノキを、いついつまでも大切に育ててゆくため、ご覧の通り、樹木がホームと屋根を突き抜けるという全国に例をみない姿となりました。 京阪電気鉄道株式会社
とある。

 この御神木は『大楠大明神』と呼んで崇められているようで、玉垣に囲まれた正面に朱塗りの鳥居が立ち、注連縄を張った巨木が駅ホームを貫いて聳えている。

 
大楠大明神・鳥居
 
楠の巨木(ホーム下部分)

 萱島駅・大阪方面行きホームの中程にガラス張りの区画があり、下から楠の巨木が枝葉を張り、ホームの屋根を貫いて聳えている。


萱島駅(南より) 
 
楠の巨木(ホーム上)
 
同左(屋根を貫く楠の木)

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