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国 守 神 社
大阪府寝屋川市明和2-21
祭神--応神天皇・菅原道真
                                              2020.01.13参詣

 JR学研都市線・寝屋川公園駅の南西約850m、駅西の府道20号線(東高野街道)を南西方に約750mほど行った右手(北)、民家に囲まれた中に鎮座する。
 駅西側の細い道を北へ、少し広い道に出て府道20号線を北上、正縁寺を過ぎて少し行った左手に見える森を目当てに進み、三股になった分岐点の左の細い坂道(分かりづらい)を下って道なりに進んだ先に鎮座する。

※由緒
 境内に案内なし。
 大阪府神社庁第三支部HPに
 「もと八幡宮と称したが、明治維新後 今の社名に改め、同5年村社に列せらる。
 境内は1800坪、本殿・拝殿あり。末社に若宮神社・貴船神社・厳島神社あり」

 寝屋川市誌(1966)
 「当社についての古記録は、何一つ見いだせない。
 したがつて、その由緒・創建年も不詳であるが、旧名燈油の村名より考えると、男山八幡宮と何らかの関係があったことはうなづける。
 創建は平安末期ではなかろうか。

 以前は八幡宮と称していたが、明治5年いまの社名に改めた。
 若宮に善女竜王を祭っているのは神仏混淆の名残である。また、その名の如く水の神様であるから、古来より旱(ヒデリ)には祈願されたことだろう」
との資料がみえるだけで、詳細は不明。


※祭神
 *応神天皇
   当社が元八幡宮であったとすれば応神天皇を祀るに異議はない。
   如何なる由縁で何時頃、何処から勧請したのかは不明だが、中世頃に流行した八幡信仰の時流にのって祀られたかと思われる。

 *菅原道真
   勧請由緒・時期等一切不明。
   当地一帯には菅原道真(菅公)を祀る神社が多々みられるが、殆どが菅公を厚く信仰した江戸初期の領主・永井氏(淀藩主)の勧請ということから、当社も同じであろう。

※社殿等
 工事中の高架道路のガード下をくぐった先、高い石垣の上が境内で、石垣中央の石段を上った上に鳥居が立つ。

 
国守神社・社頭

同・石段 
 
同・鳥居

 境内中央に、入母屋造(一間向拝付き)・瓦葺きの拝殿が南面して建つ。

 拝殿背後、弊殿を介して本殿が南面して鎮座するが近寄れず、また周囲の樹木が邪魔して瓦葺き屋根の一部が見えるだけで、本殿の全体は見えない。

 
同・拝殿

同・拝殿(側面) 

同・本殿(屋根の一部が見えるだけ)

◎境内社

  社殿の右手、玉垣に囲まれてやや大きな池があり、中に石造の小祠が鎮座する。

 一見して厳島神社(祭神:市杵島比売)かと思われるが、寝屋川市誌にいう若宮社(祭神・善女竜王)が是であろう。

 善女竜王(ゼンニョリュウオウ)とは、沙揭羅竜王(シャカラリュウオウ)の三女といわれ、天下旱魃して国中が困ったとき、天皇の命をうけた空海が、京都・神泉苑で請雨経法を7日間にわたって修した最後の日、金色の蛇を頭上にのせた竜(蛇)の姿で出現して池に入り、空海の祈願をうけて大雨を降らせ国中を潤わせたとの伝承がある(今昔物語・14巻41話、別稿・神泉苑参照)

 なお、第三支部HPにいう貴船神社・厳島神社も、祭神が同じ水神であることから、この石祠に合祀されていると思われる。 

若宮社

 当社は、前面の石垣・石段・社殿等すべてが新しいことからみて、社殿前を通る高架道路の建設に伴って社域が削られ、石垣・石段・社殿等を後退させて改築されたかと思われる。

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