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大 利 神 社
大阪府寝屋川市大利町23-1
祭神--大歳神・菅原道真・大国主大神・事代主大神
                                                    2019.12.19参詣

 京阪電鉄・寝屋川市駅の北西約400m、駅北の府道16号線を西へ、2つ目の信号を北へ入った神社通商店街の突き当たりに鎮座する。
 社名は“オオトシ”と読む。

※由緒
 頂いた参詣の栞には、
 「創建年代は不明ですけれど、貞享3年(1686)の調査には『古くより』とあります。
 宝永5年に地震・台風により大破し、宝永6年(1709)に再建されました。
 明治の神仏分離までは、神宮寺であった金剛寺の僧が神社の管理に当たっていました。
 宝永6年の再建時の棟札には、『金剛寺』と『住持圓了』の名が記されています。
 もは五穀豊穣を祈る大歳神を祀っていましたが、寛文10年(1633)この地の領主・中井信濃守尚政が菅原道真公を崇敬していたため、菅公を合祀することとなりました。
 その後、菅原神社、氏神社と名前が変わりましたが、大正になって大利神社になりました」
とある。

 また、大阪府神社庁第三支部HPは、
 「創建年代は不明なれど、宝永5年(1708)に地震・大風により大破し、宝永6年に再興、文化14年(1817)修復時の棟札が残されている。
 このうち宝永6年の棟札には、神宮寺であった金剛寺と住持圓了の名が記されている。明治初年の神仏分離までは、金剛寺の僧が神社の管理にあたっていたのである。

 元は大歳神を祭り、農家の五穀豊穣を祈る神であったが、寛文10年(1633)この地の領主となった永井信濃守尚政の支配地となって菅公を合祀して神社名を菅原神社とし、さらに氏神社、大正になって今の名に改称した。明治5年村社に列す」
と、同意の由緒を記している。

 また大阪府全志(1922)には
 「氏神社  
 本地(大字大利)は古来茨田郡に属し、もと九個莊の内にして、大年村と称し、後文字を改めて大利に作る。
 氏神社は中央城ヶ山にあり、大歳神及び菅原道真を祀れり。創建の年月は詳ならず。
 伝えいふ、往古は大歳神社と称し、農家の五穀豊穣を守れる神なりと崇敬し来りしが、後菅原道真を合せ祀りて菅原神社と称したることありと。明治5年村社に列す。

 本殿の外に弊殿・拝殿・社務所を存す。末社に伊勢神社・稲荷神社及び応神天皇・息長比咩命・比売神を祀れる社あり」
とある。

 当社に菅原道真を勧請した永井信濃守尚政(1587--1668)とは、江戸初期、2代将軍徳川秀忠に近侍した譜代大名(最終:淀藩10万石)で一時は老中を務めたという。

※祭神
 境内に立つ案内には、
  御祭神  大歳神 ・菅原道真公 ・大国主命(大黒天) ・事代主命(恵美須神)
  末社祭神  八幡宮(八幡大神) ・皇大神宮(天照皇大神) ・稲荷社(白菊大神)
とある。

*大歳神
 大歳神(古事記:大年神)とは、古事記によれば、素盞鳴命と大山祇命(オオヤマミ)の娘・大市比売命(オオイチヒメ)の御子で、兄弟神である宇迦之御魂(ウカノミタマ・穀神)や御子の御歳神(御年神・ミトシ)とともに穀物の守護神という(書紀には見えない)
 古事記には、大歳神そのものの事蹟は記されていないが、その御子神に穀物の神・山の神・水の神・屋敷の神・竈神など多くの神々があり、それらの父神として重きをおいている。

 また民俗学では、大歳神は年神(歳神)ともされるが、これは“年・歳”は“稲の稔り”を指す(稲は一年に一回実ることから年・歳と同意とされた)ことからくるもので、一年のはじめにやってきて、その年の豊饒を予祝し、次いで田の神・祖霊となって秋の稔りを見守り、人々の幸福繁栄を助けるとされる。

 古語拾遺(802)に、大歳神と同体とされる御子・御歳神(ミトシ)について、
 「神代の昔、大地主神(オオナヌシ)が田を造る日に牛肉を農夫に食べさせた。それを知った御歳神が怒って、その田にイナゴを放ち稲苗を枯れさせた。
 これを御歳神の祟りと知った大地主神が、白猪・白馬・白鶏を献じて謝したところ、稲苗は茂り、その年は豊作となった」(大意)
との説話があり、その父神である大歳神(御歳神)もまた田の神・穀物の神であることを示すという。

 当社が大歳神を主祭神とするのは、大歳神がもつ穀物の守護神との神格から豊穣を願って奉斎したのであろう。

*菅原道真
 本来は祟りをなす御霊神だが、江戸時代になると学問の神としての信仰が広まっていることから、道真を崇敬していた当地の領主・永井信濃守一族が学問の神として勧請したものであろう。

*大国主大神・事代主大神
 この2柱を祀る由縁は不明だが、大歳神とともに素盞鳴命に連なる神として祀られたのであろう。


※社殿等
 神社通商店街の突き当たり、民家に挟まれて鳥居が立ち、朱塗りの灯篭が並ぶ参道が北へ延びている。


大利神社・鳥居 
 
同・参道

 境内正面に唐破風付向拝を有する入母屋造の拝殿が南面して建つ。
 内陣に掲げる扁額には『天満宮』とあり、当社が本来の祭神である大歳神より、菅原道真を主祭神とみていることを示唆する。


同・拝殿 
 
同・拝殿(側面)
 
同・拝殿内陣

 拝殿の裏、弊殿を介して入母屋造・白壁の本殿が南面して鎮座する。
 これは覆屋で、内陣には祭神に対応する社殿が鎮座していると思われるが、見えるのは側面だけで内の様子は不明。

 拝殿の向かって右に小祠(境内末社)が南面して鎮座するが、社名等の案内はない。
 境内末社案内にみえる『八幡宮』かと思われるが、鎮座由緒等不明。


同・本殿(側面) 
 
境内末社・八幡宮 

 社殿の裏(境内北側)、朱塗りの柵に囲まれて境内末社2宇(一間社流造・銅板葺)が並んで鎮座する。
 向かって左、朱塗りの鳥居が立つのが『白菊稲荷宮』、右が『皇大神宮』というが、いずれも鎮座由緒など不明。


境内末社
左:白菊稲荷宮・右皇大神宮 

稲荷宮社殿 
 
皇大神宮社殿

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