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八 雲 神 社
大阪府守口市八雲北町2-15
祭神--素盞鳴尊・菅原道真・八幡大神
                                                   2020.06.09参詣

 京阪電鉄・門真駅から発する大坂モノレール・大日駅(近接して大坂メトロ谷町線・大日駅がある)の西約1.5km の淀川左岸堤防近くに鎮座する。

※由緒
 境内の案内
 「河内名所絵図には“三社権現”といわれ、中央に素盞鳴尊、左に菅原道真公、右に八幡大神の三神を祀り、もとは旧八番村・北十番村・下島村・南十番村の氏神であった。
 この神社の本殿は、三間社流造で向拝の中央柱間には虹梁を通さないという北河内では珍しい形式をもっている」

 頂いた栞
 「八雲神社の御神容は皇祖天照皇大神をはじめ、素盞鳴尊・菅原道真・八幡大神の三神をおまつりしてあります。
 何時建ったかは不明ですが、人がこの地に住むようになり、集団の生活が少しずつ営まれるようになって、心の拠り所として祠(ホコラ)状のものが出来たのではないかと想像します。
 北住宅の地からは、昭和46年(1971)淀川敷改修工事の際、縄文時代の多量の遺物が出土し、この時代よりこの地に集落があったことが伺われます。

 末社に稲生神社・宇賀神社・金刀比羅神社が祭られております。

 当社の東隣りにある光明寺(宮寺)の創建が大同元年(806)とあり、神社はそれ以前にあったと思われます。
 天保年間(1830--44)八雲神社再建との記録にあり、古くは三社権現と言われていました」

 また、当社関連の古資料として、
 *河内名所図会(1801)
   「三社権現祠  下嶋・八番二村の堺にあり、此の地の生土神とす」
 *大阪府全志(1922)
   「当社は旧八番村字寺西にあり、素盞鳴尊・応神天皇・菅原道真を合祀せり。由緒詳ならず。
   本地の産土神にして、明治5年村社に列せらる。
   境内は674坪にして松樹繁茂し、本殿・拝殿・神饌所を存し、末社に宇賀神社・稲荷神社・金刀比羅神社あり」
がある。

 創建年代について、栞には光明寺の創建・大同元年(寺の縁起には、弘法大師・空海の開基とある)以前かというが、これは光明寺が当社の宮寺(神宮寺)であったことから、当社創建年次をそれ以前と推測したもので、光明寺大同元年創建を傍証する資料はない。

 当社社名・八雲とは、主祭神が素盞鳴であることからみて、八岐大蛇を退治して奇稲田姫を娶った素盞鳴が、新居となる地を求めて出雲の須賀に着かれて宮を建てて
  「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣に」
と詠ったという歌(古事記)に因んだものと思われるが、これが創建当初からの社名かどうかは不祥(牛頭天王社だったかもしれないない)


※祭神
  当社主祭神は素盞鳴尊で、応神天皇・菅原道真は後に勧請された相殿神と思われる。

 しかし、当社と素盞鳴尊との間に接点が見当たらない。
 当社本来の祭神は行疫神(ゴウヤクシン・疫病神)・牛頭天王(ゴズテンノウ)だったと思われ、明治初年の神仏分離に際して、牛頭天王が仏教色が強いとして排斥され、同じ神格をもつとされる素盞鳴に変更し、社名も素盞鳴に因んだ八雲に替えたのかもしれない。

 応神天皇--中世頃(或いはそれ以前)から流行した八幡信仰にのって勧請された神と思われる。
 菅原道真--江戸初期、当地一帯を領した永井信濃守一族が、崇敬する菅公を勧請したものであろう。

 なお、当社関連資料には祭神素盞鳴・応神天皇・菅原道真とあるが、頂いた栞には三神に加えて天照皇大神の名がみえるが、その祭祀経緯等は不明。


※社殿等
 当社には鳥居はなく、南側道路脇に立つ一対の石灯籠の後ろに注連縄を渡した竹竿が2本立っているだけ。
 入口を入り長い参道の奥が境内で、正面に拝殿が南面して建っている。

 
八雲神社・参道入口
   同・境内(右奥に末社がみえる)

 当社拝殿は、千鳥破風を有する瓦葺き屋根の入母屋造(間口四間)の堂々たる建物で、
 その背後、弊殿を介して入母屋造の本殿が南面して鎮座する。
 外から見る本殿は、一見して覆屋と思われ、中に本殿社殿が鎮座するのであろう。


同・拝殿 

同・拝殿(側面) 

同・本殿(右の小祠は末社) 

◎境内社
 本殿の向かって右に、末社3社が鎮座する。
 左右の2社は赤色銅板屋根の一間社流造だが、中央の一社は簡単なテントの下、仮設台座上にまだ新しい社殿が鎮座しており、未だ覆屋となる社殿はない。
 頂いた栞には、
 「末社に、稲荷神社・宇賀神社・金刀比羅神社が祭られております」
とある。

 左側(本殿側)より、
 ・宇賀神社--祭神:宇賀御魂神(稲荷神)
 ・社名不明社(社名・祭神名の表示なし)--栞にいう金刀比羅社であろう。
   とすれば祭神は一般には大物主神・崇徳天皇となるが、社前に白狐の像一対が置かれており、金比羅社と狐との関係は不祥で、白狐像が置かれた由縁は不明。
 ・稲荷神社--稲荷神(倉稲魂神)
 この3社は、社名は異なるものの、祭神名(ウカノミタマ)及び白狐像からして何れも稲荷社として崇敬されているのかと思われる。

       

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