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山城(乙訓郡)の式内社/神川神社
京都市伏見区羽束師鴨川町
祭神−−底筒男命・中筒男命・上筒男命・表津少彦命
                                                        2011.09.19参詣

 延喜式神名帳に、『山背国乙訓郡 神川神社』とある式内社。古くは“神川坐住吉神社”と呼ばれていたが、明治10年(1877)に“神川神社”と改称したという。今も、鳥居の神額には『住吉大明神』とある。社名は“カムカワ”と訓む。

 阪急京都線・西向日駅の東約3km、府道123号線に沿う神川小学校の東側に隣接し、小学校南側の小路を東へ入った先に鎮座する。

※由緒
 当社境内に祭神名・由緒・創建年代などを記した案内・社務所など見えず、詳細不明。
 管見した数少ない資料によれば、文政年間(1818--30)、当社の神官・古川為猛(羽束師社神官でもあった)の著・“住吉社之略記”には、
 「鴨川・桂川の落ち合う瀬のため度々難船があり、そのために摂津の住吉社の御神体を勧請したものである」
とあり(式内社調査報告・1979)、当社の原姿は摂津・住吉神社からの勧請という。

 また、当社に関する古資料としては、
 ・鴨川村森内に在り。当村氏神也。下久我村の艮(ウシトラ)に在り。土人神川社と呼ぶ、住吉明神也。按ずるに、村名も神川なるべきを土俗鴨川と云うは誤りか−−山城名勝志(1705)
 ・鴨川村に在り、今雲宮と称す−−山城志(1734)
などがある。

 当社が摂津・住吉社を勧請していることから式内社に列したもののようで、それなりの結構を有していたらしいが、今、その面影はない。

※祭神
 所謂住吉三神・底筒男命(ソコツツノオ)・中筒男命(ナカツツノオ)・上筒男命(ウワツツノオ)に、海神・表津少彦命(ウワツワタツミ)を併せ祀る。
 ただ、大阪の住吉大社にはワタツミ神は祀られていない。河川の安定・航行安全を祈って勧請したことから、神功皇后に代えて同じ海神・ワタツミを祀ったのであろうが、詳細不明。

※社殿等
 神川小学校敷地の東に隣接して、樹木・竹薮に囲まれた境内が北に細長く伸びる。
 南側小路脇に鳥居が立ち、参道を入った先に割拝殿(ワリハイデン・中央が通り抜けできる土間となった拝殿)が、その先にコンクリート造の本殿(一間社流造・瓦葺)が建つ。境内に立つ石碑によれば、昭和57年本殿失火により焼損、浄財により同58年10月再建という。

 なお、拝殿を入った左、簡単な覆屋の中に小祠2社があるが、社名・祭神など不明。

神川神社/鳥居
神川神社・鳥居
神川神社/拝殿
同・拝殿
神川神社/本殿
同・本殿

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