トップページへ戻る

河内(志紀郡)の式内社/伴林氏神社
大阪府藤井寺市林3丁目
祭神−−高御産巣日神・天押日命・道臣命
                                                          2011.04.07参詣

 延喜式神名帳に、『河内国志紀郡 伴林氏神社』とある式内社。社名は“トモバヤシノウジ”(トモハヤシノウジ)と訓む。

 近鉄南大阪線・土師ノ里駅の北西約600m。駅西の国道170線を北上、3ッ目の信号を西へ入った先に鎮座する。細い道路が入り組んだ住宅地内で見つけにくい。

※由緒
 当社参詣の栞にいう“由緒のあらまし”によれば、
 「創建は古く、三代実録によれば、清和天皇の貞観9年(867)2月26日、志紀郡・林氏神は既に官社と記され、同15年(873)12月20日には、祭神・天押日命に従五位が授けられている。
 しかし延喜式神名帳にも伴林氏神社の名が登場することから、それよりはるか以前から道臣命の子孫がこの土地に住み、大和朝廷時代の名門として祖先を祀ってきたものと思われる」
とある。
 また大阪府全志(1922)には
 「伴林氏神社は北方字宮山にあり、延喜式内の神社にて道臣命・天押日命を祀れり。創建の年月は詳ならず。林氏の祖神なれば同氏の祀りしものならん。三代実録によれば、清和天皇の貞観9年2月26日官社に預り給へり。本地の産土神にて明治5年村社に列せらる」
とあり、他の諸資料も略同じことを記している。

 当社の祭祀氏族である伴林氏(林氏)について、新撰姓氏禄(815)によれば、河内国に関係して
  ・河内国神別(天神)  林宿禰  大伴宿禰同祖  室屋大連公男(子)御物宿禰之後也
    (大伴宿禰−−左京神別(天神) 高皇産霊尊五世孫天押日命之後也)
  ・河内国諸蕃(百済)  林連  出自百済国直支王(古記云周王)也
の2氏が見えるが、天押日命(アメノオシヒ・天忍日命とも記す)を祀ることから、古代豪族・大伴氏に連なる氏族である林氏が祖神を祀ったのが当社であろう。ただ、その創建年代は不詳。

 大伴氏の本拠地は奈良盆地の東南部(橿原市・桜井市・明日香村付近。神武2年条に、ミチオミが築坂邑-橿原市鳥屋町付近-を賜ったとある)というが、より古くは難波地方を本拠とし、和泉・紀伊方面まで勢力を張っていたともいわれ、そのなかの一支族として、当地の伴林氏が居たのであろう。

 創建後の経緯としては、三代実録(901)にいう上記の叙神階記録以外に見えないが、由緒には、その後のこととして
 「戦国時代、信長の兵火に遭い焼失。神社を維持管理していた伴氏も絶え、その後はわずかに地元民等が産土神として小さな社殿を再建したと伝え、明治の初め(5年)、村社となった。
 承和7年こ゜ろ、(武神)道臣命を祀る全国唯一の神社として注目を浴び、同15年には“西の靖国神社”として、靖国神社から手水舎が移築されるなど整備が進み、府社に昇格したが、戦後は宗教法人として自立した」(大意)
とある。戦前の国家神道・戦意高揚の波に翻弄された神社ともいえる。

※祭神
 今の祭神、高御産霊日神(タカミムスヒ)・天押日命(アメノオシヒ)・道臣命(ミチオミ・旧名:日臣命-ヒノオミ)は古代の軍事氏族(大王家の親衛隊的な氏族という)・大伴氏の祖先で、大伴氏系図によれぱ
  タカミムスヒ−・−・−・−・−アメノオシヒ−・−ヒノオミ(=ミチオミ)・・・・・武時(大伴宿禰の始め)−室屋−御物・・・(伴林氏)
とある。
 ただ、通常、大伴氏の遠祖という場合はアメノオシヒを指し、ミチオミはその孫とされる。タカミムスヒ(古事記にいう「造化の三神」の一)を始祖とするのは後世の加上であろう。
 正史上で実在したと思われるのは、ヒノオミから8代目となる“室屋”からで、室屋は雄略天皇のとき物部氏とともに“大連”になっている。その子が姓氏禄にいう“御物宿禰”(室屋の三男とある)で、ここから佐伯氏が出たとされるが、管見した系図の中に林氏の名はみえない。ただ“御物”を“林御物”と記す系図もあり、ここから林氏に連なるのであろう。

 *アメノオシヒ−−書紀・天孫降臨の段(一書4)に、タカミムスヒが天孫・ホノニニギを天降らしたとき、
   「大伴連の遠祖・アメノオシヒ命が完全武装し、久目部の遠祖らを率いて、天孫を先導して日向の高千穂の峰に降った」(大意)
 *ヒノオミ(ミチオミ)−−神武天皇即位前紀に、神武が紀州・熊野から大和へ出ようとしたとき、
   「大伴氏の先祖・ヒノオミ命が、大久目部ら軍勢を率いて、山を越え路を踏み分けて、宇陀までの道を開いた。
    この功により、天皇から道臣(ミチノオミ)の名を賜った」(大意)
    その他、天皇の命により菟田の首長・兄滑(エウカシ)、国見丘の八十梟師(ヤソタケル)を討伐したとある

※社殿等
 広い境内中央に、翼廊をもつ拝殿(入母屋造・瓦葺)、その奥に本殿(住吉造?・銅板葺)が鎮座するが、外からはかろうじて屋根が見える程度で、詳細不明。
 本殿左手に、末社若宮(春日大神)の小祠が見える。

伴林氏神社/鳥居
伴林氏神社・鳥居
伴林氏神社/拝殿
同・拝殿
伴林氏神社/本殿
同・本殿

トップページへ戻る