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河内(渋川郡)の式内社/波牟許曽神社
大阪府東大阪市長瀬町1丁目
祭神−−天照皇大神・伊耶那岐大神・伊奘那美大神
                                                             20100403参詣

 延喜式神名帳に、『河内国渋川郡 波牟許曽神社』とある式内社。
 波牟許曽はハムコソと読む。波牟(ハム)は“蛇”(物を取食-ハム-虫)、許曽(コソ)は“社”を意味し、直訳すれば“蛇の社”となる。
 今の鎮座地名は東大阪市長瀬町1丁目だが、古くは“蛇草”(ハミクサ・ハムクサ、堺県河内国渋川郡北蛇草村)と呼ばれていた。社頭の案内には、
 「波牟は蛇にして、許曽は社の義なり。蛇を祀れる者にや。村名は此の社名より起る」
とあるが、大阪府誌(1903)には、
 「倭名抄に蝮の和名波美とあり、波美は波牟に通じ、“くさ”は“こそ”に通ず。社号は即地より起りしものか」
とあり、蛇草(ハミクサ)の地名から社名が生まれたという。

 古代にあっての蛇は、春になると何処からともなく現れ、脱皮を繰りかえし成長すること、一咬みで敵を倒すことなどから、死と再生を司る神として崇拝され且つ畏れられてきた。そういう意味では、蛇を神として祀るのもありうる(土偶名など古代遺物にはヘビを神とした痕跡が残っている)ことだが、当社が蛇そのものを祀る由縁が見当たらないことから、社名・波牟許曽は地名・蛇草からきたとするのが妥当だろう。ただし、当地をハミクサと呼ばれた由縁は不明。

 近鉄大阪線・長瀬駅の北西約100m、線路西側道路・生協病院の角を西へ入った右手(南)に鎮座する。

※創建由緒
 遅くとも10世紀初頭以前からの古社だが、河内志(1733)
 「波牟古曽神社 渋川郡北蛇草村に在り」
とあるのみで、その創建時期・由緒ならびに明治初年までの経緯は不明。

 各資料を総合すれば、
 明治21年(1888)4月の市制及び町村制公布(各資料は明治22年とするが、制度の公布は21年)により、北蛇草村以下の近隣7ヶ村が合併して長瀬村ができたとき、各村の鎮守8社が合併して新たに創建された長瀬神社(長瀬村大字衣摺−現衣摺1丁目)に合祀されたが(明治40年-1907-合祀、大正元年-1912-12月正遷座)、その後、旧鎮座地へ戻り再建されている。

 当社旧鎮座地について、大阪府史蹟名勝天然記念物(昭和3・1928)
 「波牟許曽神社は延喜式内社にして、その神社趾は東莊にあり。今僅に数株の松を存するのみ」
とあるから、荒れはてていたらしいが、式内社調査報告(昭和54・1979)によれば、
 「北蛇草地区の氏子住民の努力により、旧地に遷座し、旧社以上の結構をもつ本殿・拝殿・社務所が建立された」
とある。ただ、旧地への遷座年代は不明(ネット資料に昭和51とするものあり)

※祭神
 今の祭神は、アマテラス・イザナギ・イザナミの3座とするが、長瀬神社へ合祀するまではイザナギ・イザナミの2座だったとい う。しかし、別伝として、
 ・埴安姫命(ハニヤスヒメ)−−土の神(中河内郡誌-大正12・1923)−−根拠不明
 ・彦己蘇保利命(ヒココソホリ)−−凡河内国造の祖(河内国式神私考)
がある(式内社調査報告)

  ヒココソホリ説とは、河内国式神私考(刊行年不明)に、
 「ヒココソホリ。波牟許曽の許曽はコソホリの略称で、波牟は命がこの地を領有したとの義であろう。国造本紀には、神武天皇がコソホリ命を凡河内国造(オオシカワチノコクノミヤツコ)としたとある。即ち凡河内忌寸(オオシカワチノイミキ)の祖である」(意訳・原文漢文)
とあり、古代にあって摂河泉地方に勢力をもっていた凡河内国造の祖・ヒココソホリが、当社の祭神と示唆していると思われる。
 なお新撰姓氏禄(815)によれば、『河内国神別 凡河内国造 天津彦根命之後也』とあるが、ヒココソホリはアマツヒコネの後裔というから、当社が凡河内氏の祖神を祀るとすれば、アマツヒコネの可能性もある(アマツヒコネ−−アマテラスとスサノヲのウケヒによって生まれた神)

 これらからみて、アマテラス以下の祭神は多分に明治の神仏分離に際して持ちこまれた祭神であって、当社本来の祭神ではないと思われ、当社の祭祀氏族を凡河内氏とする確証はないが、凡河内氏の祖神というのも無視できないといえる。

※社殿等
 道路脇に立つ一の鳥居、その奥の二の鳥居の先に社殿が鎮座している。式内社調査報告には、「本殿は神明造で、昭和50年に営造新築された。旧社殿の記録はなく、その形式は不明」とあるが、今、本殿・拝殿共に覆屋の中に収められ、詳細不明。


波牟許曽神社・二の鳥居

波牟許曽神社・社殿

◎末社
 社殿右に、猿田彦社・天鈿女社が並び、境内右手(南側)に素盞鳴命社・松龍大神社・榎龍大神社・子守勝手大神社・白光大明神社・水神社(覆屋の中に井戸がある)・白龍大神社が並ぶ。
 いずれの末社も、その鎮座時期・由緒は不明。社名に水にかかわる“龍”を冠する小祠が多くいのが目立つ。


波牟許曽神社・末社
左:天鈿女社 右:猿田彦社

同・末社(素盞鳴命社)

同・末社(白龍大神社)

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