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庚申信仰/ならまち庚申堂
奈良市西新屋町
本尊:青面金剛

 近鉄奈良駅の南、通称「ならまち」のほぼ中央にある小堂。町屋に挟まれているが、軒先には「庚申さん・青面金剛・吉祥天女」と墨書した赤い提灯がさがり、堂前には、石猿が「青面金剛・吉祥天」と刻した線香立てを支え、屋根の上には両手で目・耳・口をふさいだ3匹の猿いわゆる“三猿”が座っている。今は“ならまち庚申さん”として知られているが、江戸時代の古図には“吉祥堂”とあったという。正面扉は通常閉まっているが、内陣の中央に青面金剛の立像、左右に吉祥天女像・地蔵菩薩像が安置されているという。庚申さんに吉祥天(キッショウテン)と地蔵菩薩が合祀される由縁は不明。昔は、福録を授けるという吉祥天が主尊だったのかもしれない。

ならまち庚申−庚申堂   ならまち庚申−庚申堂正面

※創建縁起
 堂前に掲げる縁起によれば、
 『庚申縁起によれば、文武天皇の御代に疫病が流行して人々が苦しんでいたとき、元興寺の高僧・護命僧正が仏に祈っていると、1月7日、青面金剛が現れ「汝の至誠に感じ、悪病を払ってやる」と告げて消え去り、まもなく疫病が治まった。
 この日が“庚申年”の“庚申日”であったので、それ以来、人々は青面金剛を祀り、疫病をもってくるといわれる三尸の虫を退治して健康に暮らすことを念じて、講をつくり仏様を供養した、と伝えられている』
とある。

 霊示をうけた僧の名と青面金剛自体および三尸の虫が出てくるところが四天王寺庚申堂と違うだけで、内容はそれと同じである。
 元興寺は平城遷都(710)に伴って飛鳥の法興寺(飛鳥寺)を移した寺で、文武天皇の御代(飛鳥・藤原京時代)には当地にはなく、元興寺の高僧云々というのは後世の附会である。ただ元興寺を法興寺と読み替えれば平仄はあう。
 当庚申堂は、古くは元興寺に属していたようだが、今は関係ないらしい。堂前の説明以外に資料が少なく詳細不明。

※蒟蒻と身替わり猿
 奈良市史によれば、当庚申堂では春・秋の庚申日には大根と蒟蒻の接待があるという(今どうなっているかは不明)
 そのせいか、堂の前に次のような説明文がが掲げられている。
  『悪病や災難をもってくるという三尸の虫はコンニャクが嫌いだったので、人々は庚申の日にコンニャクを食べて退治した。また三尸の虫は猿が嫌いだという。猿が仲間と毛づくろいしている姿が、三尸の虫を捕って食べている格好に見えたので、恐れをなして逃げてしまうというわけである。そこで人々は、いつも家の軒先に猿を吊して悪病や災難が近寄らないようにと、おまじないをしている』
と。誰が書いたか知らないが、面白い説明である。

※身代わり猿(くくり猿)
 三尸の虫が嫌いだから軒先に吊すというのが『身代わり猿』といわれる縁起物で、真っ赤な座布団の四隅を折り曲げて一つにくくり、その間に白い顔を付けたもので、“手足をくくられた猿”を表すという。
 そんな縁起物が千羽鶴を吊すように、当庚申堂はもとより周りの民家の軒先にも数多くぶら下がっているさまは、ならまちを飾る風物詩である。
 当地では“身代わり猿”と称しているが、一般には“くくり猿”ということが多い。

ならまち庚申−くくり猿 ならまち庚申−くくり猿 ならまち庚申−くくり猿 ならまち庚申−くくり猿

 猿は人間に最も近いとされるが、畜生の浅ましさから本能(欲望)のおもむくままに行動する。人間もほっておけば欲望のままに行動しようとする。
 人間の身代わりに猿をくくりつけることで、人間のなかにある邪欲が動き出さないようにと念じたのか“身代わり猿”(くくり猿)だという。また古来から、赤は僻邪(ヘキジャ)の色とされ厄除けに験があるとされてきたし、猿は厄を“去る”との語呂合わせから縁起の良い動物とされ、坂本の日吉神社では猿は山王の使いともされてきた。
 災厄を除いてくれる神の使いということかもしれないが、赤いくくり猿を疫神、特に疱瘡神(赤で象徴される)に見立て、それを縛ることで疫神や疱瘡神を押さえ込もうとする願いも込められている、ともいえる。

 ちなみに、伊豆の旅先で似たものを見た。当地では『さるっ子』と呼ばれていたが、赤い綿入れで猿の姿を作った縁起物が数十個吊されていた。ただ四脚はくくられていない。
 博物館の説明では、“猿”と“難を去る”との語呂合わせから縁起がよいとされ、これを飾った船は海難事故に遭わないという。

※祭神
  青面金剛(ショウメンコンゴウ)−−別項・「庚申信仰とは」参照

北向庚申堂−−奈良市三棟町
 ならまちの南部にある「誕生寺」の門前に『北向庚申堂』という小さな祠がある。
 祠が北を向いていることからの呼称かもしれないが、北を向いてコンニャクを食べるのと同じく、古く、神格化された北極星が庚申神と同一視されていたからかとも思われる。

 堂内の厨子には二童子を従えた六臂の青面金剛童子が収められ、足許に三猿が座っている。
 堂前の線香立てには『北向、青面金剛・薬師如来・弘法大師』とあり、堂の脇には上部に三猿を彫りこんだ庚申塔が立っている。
 何かの記念と思われるが、文字が摩耗していて判読不能。当祠に関する資料もみあたらず、青面金剛と薬師如来・弘法大師が合祀されている理由も不明。道端に祀られていることからみると、道祖神的要素があるのかもしれない。
 ちなみに誕生寺(浄土宗法如寺)とは、当麻曼荼羅伝承の主人公・中将姫の誕生地といわれ、寺内には中将姫ゆかりのものが多いという。

ならまち庚申−北向庚申堂   ならまち庚申−北向−青面金剛

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