トップページへ戻る

生 野 神 社
大阪市生野区舎利寺1-2-27
祭神--素盞鳴命
                                                     2020.07.22参詣

 JR関西本線・東部市場前駅の北約1.4km、駅東の南北道路・今里筋を北上、生野消防署南の角を西へ、川を渡って3っめの交差点の北東角に鎮座する。
 JR大阪環状線・寺田町駅の北東約1.2kmに当たるが、こちらからの道路は輻輳していて到達困難。

※由緒
 境内に案内なく由緒等不明だが、生野区内の神社・寺(生野区役所)によれば、
 「木瓜を神紋とする生野神社の古名は『牛頭天王宮』という神号を用い、明治5年(1872)村社、明治42年(1909)素盞鳴尊神社を経て、戦後の昭和22年(1957)に生野神社と改称。
 神社の鳥居は小振りながら宝栄7年(1710)の刻銘があり、区内では最も古い貴重なもので、鳥居より背の高い大きな歌碑と榎・銀杏の古木が景観を添えています。
 また、拝殿前の一対の狛犬は天保(1833)のもので、お伊勢参りが大流行した江戸期の貴重な記念物です。これは村の氏神さんへの崇敬の疎かにしなかった証拠品ともなっています」

 また、東成郡史(1922)には
 「素盞鳴尊神社(村社)
  大字舎利寺字寺字小中に鎮座す。祭神素盞鳴尊なり。明治42年6月村社に指定せらる。
  当社は大字舎利寺の西北端舎利尊勝寺に南接し、西は桑津道路に沿ひ、境内官有地七畝六歩あり。
  本殿の三方は土塀を巡らし、拝殿の西南神楽殿あり、東南に井戸屋形及び社務所あり。(以下略)
とあるが、何れも創建由緒等についての記載なく、詳細不明。

 なお、拝殿前の狛犬をお伊勢参りの記念物いうが、記録によれば、文政13年(1830、12月・天保に改元)にお伊勢参り(お蔭参りともいう)が大流行したとあるから、当地でも、流行にのってお伊勢詣りがおこなわれたのかもしれない。

※祭神
   素盞鳴命

 今の祭神は素盞鳴命となっているが、古くは牛頭天王を祀っていたようで、記録によれば
 鳥居の刻銘・宝永7年の直前・宝永5年冬から翌6年夏にかけて、全国的にハシカが流行し、5代将軍・綱吉の死因も是によるともいわれていることから、
 当社の創建もハシカ流行の鎮静化を願って、強力な疫病除けの神とされた牛頭天王を祀ったのかもしれない。

 今の祭神・素盞鳴命は、明治の神仏分離に際し牛頭天王が仏教色が強いとして排斥されたひとから、同じ神格をもつとされる素盞鳴命に変わったのであろう。


※社殿等
 交差点の東北角に鎮座し、境内の南側に〆柱が立ち、その左に大樹が、その下に大きな歌碑(達筆すぎて判読不能)が立つ。
 〆柱の右にある社標柱には、「生野神社 祭神素盞鳴命」とある。


生野神社・社頭 

同・〆柱 
 
同・境内

 境内正面に小振りな鳥居が立ち、その奥に入母屋微雨・銅板葺きの拝殿が南面して鎮座する。

 拝殿背後に本殿があるはずだが、周りの建物が邪魔して、本殿の覆屋らしき屋根の一部がみえるだけ。

 
同・鳥居

同・拝殿 
 
同・本殿覆屋の屋根

 境内東南隅、朱塗り鳥居の後ろに、一間社流造の小祠が北面して鎮座する。
 社名等の表示はないが、稲荷社と思われる。


稲荷社 
 
稲荷社社殿
 
社頭に立つ歌碑
 
社 標

トップページへ戻る