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皇大神宮
大阪市城東区今福南2-12-31
祭神--天照皇大神
                                                     2020.06.27参詣

 大阪メトロ長堀鶴見緑地線・蒲生4丁目駅の南東約400m強、市街地の中に鎮座する。
 南からだと、寝屋川に架かる極楽橋北詰から北西へ斜行する道を入った右側(東側)
 いずれにしろ道路が輻輳しており、地図必要。

※由緒
 境内に立つ「皇大神宮由緒記」(石碑)には、
 「当宮は平安時代の末期(1000年以上)今福村の開発された時にともに創祀された。
 祭神は天照皇大神一柱である。今福及鶴見・関目・古市の一部の氏神である。

 当宮所蔵の棟札に、文禄3午年木下興右衛門様御検地境内東西二十六間南北十七間面積一反四畝四歩を除地とある。
 又今福地開発百姓宮座として年積りたる者6人を六老と云い、神社の掃除一式をとり行っていると記載されている。
 今福村の初期は難波戦記に書かれている今福堤である。
 旧大和川の北岸で東西に長く今俗に元町と云う。その元町に連なる小丘が今の境内地である。

 当宮の北西100mばかり離れて三郷樋がある。大正6年(1917)この樋が改修された時に大独木船(丸木舟)と五輪塔[慶長十七年(1612)子四月十二日新物故霊位松栄童女]在銘のものが樋の底から発掘されている。今福村は古い集落であったことが判かる。

 境内に今は枯死して無いが榎木の老大樹があった。樹齢千年以前のものなりと、大日本老樹銘木誌(本多林学博士著)に収録されている。
 又この地一帯は広く榎並荘と称して、当宮がその氏神と祭祀され、伊勢神宮の神税を納める斎藏がこの小丘にあったと古老等が言い伝えている。

 所蔵の棟札が6枚あり、その内4枚に三十番神、但し中央に天照皇大神、両側に春日大神・八幡大神と3行に記載されている。三十番神とは日蓮宗の守護神である。(中略)

 今の社殿は昭和7年の営繕なり。
 境内末社に小女郎稲荷社がある。大和の源九郎稲荷、和泉の葛葉稲荷と共に近畿の三稲荷の一つとして特に沢山の信者がある」

 東成郡史(1922)には
 「大字今福字東西に鎮座す。祭神天照皇大神、相殿三十番神なり。
 鎮座の年代は詳ならず、今福榎並樋の東西一町なる小丘に鎮座して、榎並一帯の氏神として崇祀したるものなりしが、人家の増加に伴い各村に氏神を祀り、本社は今福一村の氏神となれり。
 往昔榎並荘よりする伊勢皇大神宮の神税は本社の管掌する所なり。
 後醍醐天皇の時、日蓮宗盛んにして、本社に三十番神を合祀してより三十番神社と称す。
 明治後神仏混淆を禁じられてより元の皇大神宮と称す。(中略)
 境内社一社、道祖神社祭神猿田彦神・鈿女命・宇賀御魂神なり。(以下略)
とある。


 案内記は、当社創祀を平安末期というが、城東区役所HP(地名の由来)には、
 「今福という名前の由来も、この村が形成された時期も明確ではないが、鎌倉時代に村落が存在したことは栄照寺(今福南1-5-21)の古文書により明らかです」
とあり、当社創建は平安末から鎌倉初期頃とみている。


※祭神
   天照皇大神

 当社はアマテラスを祭神とするが、
 ・古来の伊勢神宮は、『私幣禁断』といって、天皇から派遣された正規の勅使以外は参詣することが禁止されており、皇族・公卿等を含めて一般人が伊勢に詣でたりアマテラスを祀ったりするのは出来なかったという。
 ・それが中世(鎌倉時代)になると、アマテラスは天皇家の祖神から、日本全体の守護神である日本国主天照大神へと変貌し、一般にも開かれた信仰対象となったという。

 当社は、このようなアマテラス信仰の変貌に伴って創建されたと思われ、それは鎌倉時代初頭、早くても平安末期頃と思われる。

*三十番神
 由緒記に「棟札4枚に三十番神」とあり、郡史に「相殿・三十番神」とある。
 これは、曾ての当社が天照皇大神とともに三十番神との神を祀っていたことを示唆する(今は痕跡なし)

 三十番神とは、一ヶ月30日の間、毎日交替して国家と人々を守ってくれるという30柱の神々を指し、平安中期には知られていたというが、その後、日蓮宗に取りいれられ、国家とともに法華経持法者を守護するという日蓮宗独自の神祇信仰として広がったという。

 資料によれば、日蓮宗開祖の日蓮(1222--82)は、わが国に正法・法華経がないがしろにされたために、国土を守護すべき神々が天上に去ってしまい様々な災難が次々に起こったととして、これを正常に戻すために伊勢・八幡の大神を勧請したが(日蓮宗が礼拝対象とする十界曼荼羅では、中央の髭題目の下に天照大神・八幡大菩薩の名が見える)、降って日像上人(1269--1342)が勧請神を30柱へと拡大し、一日毎に守護神を置くという三十番神信仰が日蓮宗の中に定着したという。

 当社が三十番神を祀るのは、神仏習合の流れの中で法華信仰が入ってきたことによるのであろう。
 ただ、今の当社に三十番神の痕跡はなく、これが祀られているかどうかははっきりしない。


※社殿等
 寝屋川に架かる極楽橋北詰から北西へ斜行する道を入った右側(東側)の鳥居を入り、参道を少し入った処に注連縄を張った〆柱をくぐって境内に入る。

 境内正面に、唐破風向拝を有する入母屋造・瓦葺きの拝殿が西面して建つ。


皇大神宮・鳥居 
 
同・〆柱(奥が拝殿)
 
同・拝殿

 拝殿背後、弊殿を介して一間社流造・銅板葺きの本殿が鎮座する。
 拝殿からみると一間社流造らしいが、全体は実見できない。

 
同・本殿(正面・拝殿より)
 
同・本殿(側面)

◎境内社(末社)
*小女郎稲荷社(コジョロウイナリ)
 本殿の向かって右奥(境内南東隅)に朱塗りの鳥居が西面して立ち、小社が鎮座する。
 鳥居の神額に「小女郎稲荷」とあるのみで案内等はなく詳細不明。
 城東区役所HP(名所旧蹟)には
 「皇大神宮の境内に小女郎稲荷という小さな社が祀られています。
 今でこそ知る人も少なくなっていますが、元は大和川堤(今の新喜多東2丁目付近)の狐山にあった社で、大和郡山の源九郎稲荷、泉州信太の葛葉稲荷と並ぶ有名な稲荷大明神でした。
 摂津名所図会大成(巻3)には『霊験あらたかなりとて参詣人すこぶる多し。社壇もっともきらびやかに造立ありて美なり』と記され、今の極楽橋あたりまで参詣人目当ての茶店が軒を連ねて賑わっていたとのことです。

 社の名称になっている小女郎とは、昔の身分の高い婦人や女官の呼称であった“上臈”(ジゥウロウ)が変化したものと言われています。
 狐山には木々がこんもりと繁った丘があり、狐が住んでいたことからそのように呼ばれているものと思われます。
 師走の夜、鴫野や天王田などの村の子供たちが、家で作ってもらった竹の皮に包んだ油揚げと握り飯を持って『せんぎょせんぎょ』とはやしながら狐山の周囲を回るお祭りが昭和7~8年頃まで残っていたそうです」
とあり、近畿では名の知られた稲荷社だったという。

 
小女郎稲荷神社・鳥居
 
同・社殿

*三郷橋樋門の樋
 由緒記に「当社北西100mばかり離れて三郷樋がある。・・・」とある。
 小女郎稲荷前の塀際に置かれている蒲鉾状の石柱2本が三郷樋の残欠(樋門の何処に使われていたかは不明)で、大正6年の改修工事の際に撤去された3本の内2本が当社境内に持ちこまれたという。
 資料によれば、石柱には「三郷三拾六ヶ村立会悪水門樋」・「澱川通御国役今福村領有之東榎並荘九ヶ邨悪水門樋」との銘文が刻されているというが、始めの“三郷三拾”はかろうじて読めるが、以下は拝読不能。
 (三郷樋については、別稿・三郷橋稲荷参照)


三郷樋・残欠1 
 
同・2
 
同・碑文(一部)

*天満宮(?)
  小女郎稲荷社の左に鎮座(社名・祭神名表記無し)

*今福戎神社
  境内南側に鎮座(祭神名表記無し)

 
末社・天満宮?
 
末社・今福戎神社

*稲荷社
  今福戎社の右に鎮座する
  祭神--吉松稲荷大神・彦七稲荷大神

*辨財天社
  稲荷社の右に鎮座
  祭神ーー辨財天大神


左:稲荷社 右:辨財天社 
 
稲荷社

辨財天社 

 なお、境内ご神木の下に注連縄を回した小さな磐座があり、東成郡史がいう“道祖神社”かと思われるが、参詣時不注意で写真なし。

◎境外社
 正面鳥居の左右に小社2社あり。
 いずれも境内を囲む玉垣の外に鎮座するが、鎮座由緒等不明で、当社との関係はないと思われる。。

*行者尊社
 鳥居の向かって右に鎮座
 覆屋の中に、中央:磐座、左:大峯山上と刻した石碑、右:不動明王像が並ぶ。
 社頭の左右に立つ石柱に、
  左:高祖神変大菩薩(修験道の開祖・役の行者の別名)
  右:大聖不動明王
とあり、修験道に関係する“役の行者”と“不動明王”を祀ると思われる。

*親子地蔵尊堂
 鳥居の左に鎮座する小堂

 
行者尊社・正面

同:内陣 

親子地蔵尊堂 


【皇大神宮行宮】
 本社の東北約1kmに皇大神宮行宮(御旅所)がある。
 大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今福鶴見駅を出て、東西道路・鶴見通りを西へ、北側3本目の辻を北へ約350mほど行った東側にある。
 道路脇に石柱一対が立つが(注連縄なし)、入った処が駐車場となっているため、注意しないと見落とすであろう。

 駐車場の奥に鳥居が立ち、その奥に「今福鎮座 皇大神宮行宮」と刻した石柱が立つのみで、案内等はない。


皇大神宮行宮・正面 

同・鳥居 

同・行宮石碑 

 石柱の左右及び右に小祠3宇が鎮座し、左:狸の置物、右:戎大黒像、右手:寿老人像が納められているが、これら小祠と行宮との関係は不明。

     

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