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住 吉 神 社
通称--湯里住吉神社
大阪市東住吉区湯里4-17
祭神ーー中筒男命
                                                  2020.09.14参詣

 近鉄南大阪線・針中野駅の南南東約650m、駅南から線路沿いの道を南下、次の信仰の角を東へ、最初の信号附近の南側に〆鳥居が北面して立つ。
 なお、神社正面は境内東側。

※由緒
 頂いた参詣の栞には、
 「戦国時代に社記が焼失してしまつた為、創建の時期は詳らかでない。
 伝えられる所によると、奈良時代の光仁天皇の御代(77.--80)、当地より南300mの地にあった天神山の『須牟地神社』(スムチ)がこの地の氏神であったが、その須牟地神社が河内国に編入され、現在の湯里は摂津国に編入された為氏神がなくなってしまった。
 そこで須牟地神社の一座であった『中筒男命』(ナカツツノオ)を当地に勧請したのが当社の始まりとされている。

 かつては、須牟地神社・湯屋島住吉または住吉大社の第二本宮と御祭神が同じことから、住吉二の宮などと呼ばれていたが、明治5年(1872)に現在の社名である住吉神社と改められた。(湯里住吉神社は通称)

 東住吉区HP(東住吉100物語)には、
 「東住吉区湯里にあります。創建年代は不明。豊臣秀吉のよる太閤見地帳では除地として記録されて免租されていたようです。
 元々この地は摂津国住吉郷富田莊(トンダショウ)といわれ、中臣須牟地神社を氏神としていました。
 当時、中臣須牟地神社は湯里住吉神社の南方300mほどの天神山という丘の麓(現矢田北小学校の辺り)にありました。
 ところが、富田荘が分割されて中臣須牟地神社がある地域が河内国丹比郡に編入されました。
 氏神をなくした摂津国側は、中臣須牟地神社の祭神で住吉大社の神の一つである中筒男(ナカツツオ)を分けてもらい新たな神社を建てました。
 これが湯里住吉神社で、当初は須牟地神社又は住吉神社二の宮と呼ばれていましたが、明治になって現在の社名になりました」
とある。

 東成郡史(1922)には、
 「住吉神社  大字湯谷島に鎮座す。祭神仲筒男命なり。創祀の年代詳ならず。(中略)
 本社は中古以来住吉神社二の宮と称したり。是官幣大社住吉神社の第二神中筒男命が奉祀せられいるに因れるなり。而して維新後は現社名に改む。
 伝説に拠れば、尚古氏神須牟地神社と唱へしと云へば、元住道郷住道氏の産土神にして住吉大神を奉祀せしものならむか。
 本社の古名が氏神須牟地神社又は住吉第二宮と称せることが、下掲長居村神須牟地神社が第三の宮と呼ばれし事に想到して、本社及び下記の三社との間に何等かの関係ありしを認めしむるが如し。
 本社の古名と類似の神社は神名帳に記せる住吉郡須牟地曽根神社・中臣須牟地神社・神須牟地神社の三座にして、
 第一の須牟地神社は今の和泉国泉北郡五ヶ荘村大字花田に在り、
 第二の中臣須牟地神社は今河内国仲河内郡矢田村大字住道に在りて、住吉神社と云ふもの也。
 第三神須牟地神社は長居村大字寺岡に在りり。明治初年までは三ノ宮と称し、村之産土神なり」

 当社に関連して、書紀・雄略14年春1月13日条に
 「この月に呉からの来朝者のために道を造って磯歯津路(シハツノミチ)に通じさせた。これを呉坂と名付けた」
とある。

 この磯歯津路とは、住吉津から東へ伸びる官道で当地の辺りを通っており(長居公園南を通る国道427号線がその跡ではないかという)、朝鮮半島からの使者はこれを通って飛鳥・奈良の都に案内されたといわれ、使者往来の安全を護り、且つ休憩所・宿泊所として沿道に設けられたのが中臣須牟地神社・神須牟地神社・須牟地曽根神社(三社共に式内社)という(別稿・中臣須牟地神社参照)

 中臣須牟地神社は、今は当社の南南東約1km(東住吉区住道矢田2丁目)に鎮座するが、元は当社の南約400m辺りにあった天神山(東住吉区照ヶ丘矢田の矢田北小学校付近という)の麓にあったといわれ、この地は奈良時代末(光仁朝・770-81というが未確認)に摂津国住吉郡から分離して河内国丹比郡へ編入されたという(磯歯津路の南一帯が河内国に編入されたらしい)

 これによって、中臣須牟地神社を氏神としていた当地の人々は氏神がなくなり、為に、中臣須牟地神社の祭神の一柱・中筒男命の分霊を奉祀して新たに創建したのが当社の始まりという。ただ、確たる創建年次は不明。


※祭神
   中筒男命(ナカツツオ)

 住吉大社に奉祀されている住吉三神の一柱で、住吉三神を祀っていた中臣須牟地神社から勧請したものだが、何故、住吉三神全体ではなく中筒男命だけなのかは不祥。


※社殿等
 道路北側の〆鳥居前を過ぎ、次の角(境内北東角)を南へ入った東側に鳥居が立ち境内に入る。

 境内正面に入母屋造・瓦葺きの拝殿が東面して立ち、その背後に本殿が鎮座する(写真失念)


湯里住吉神社・鳥居(東側) 
 
同・〆鳥居(北側)

同・拝殿 
 
同・境内
 
同・内陣

◎境内社
 当社には境内社3社があるが、その鎮座由緒等は不明
*竹生島神社
   祭神--市杵嶋姫命
 拝殿の左にある小社。
 社名・祭神および鳥居の神額から、琵琶湖竹生島に鎮座する都久夫須麻神社(竹生島神社)からの勧請かと思われ、
 祭神・市杵嶋姫命は、竹生島と同じく弁才天として祀られたのかもしれない。(別稿・都久夫須麻神社参照)

 
竹生島神社・鳥居
 
同・鳥居神額
(都久夫須麻社)

同・社殿 

*稲荷社
   祭神--宇迦之御魂命(稲荷神)
 拝殿の右にある小社。

 なお、稲荷社背後の大樹の下に『神武天皇』と刻した石碑が見える。神武天皇遙拝所か。


稲荷社・鳥居 
 
同・社殿
 
神武天皇遙拝所
 
神武天皇石碑

*楠社
   祭神--楠大神
 境内東南角、正面鳥居の左(南側)聳える楠の大樹の下に鎮座する小社。


楠の大樹 

楠神社・鳥居 

同・社殿 

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