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*トルコ紀行から:1999.04

トルコ/エフェソス/女神アルテミス

 エフェソスの町は、トルコの西側(西アナトリア)・エーゲ海に面して位置する。
 一般のツアーでは、町の東側丘陵部に広がるエーゲ海沿岸部最大の古代都市遺跡として訪れるが、紀元前のこの地は、世界七不思議のひとつ『アルテミス神殿』を有する交易都市として繁栄していた。

※アルテミス神殿
 BC560年頃、西アナトリアでの中心的な交易都市として栄えていたエフェソスは、隣接するサモス島に建てられたヘラ神殿に対抗して、かつてみたこともない巨大な神殿を建てて女神アルテミスに捧げた。
 最初のそれは、高さ20m・径1.2mの白大理石円柱106本が林立する壮大な神殿だったが、心ない一人の男の放火によって灰燼に帰したという(BC356)。アレクサンドロス大王東征の頃である。

 直ちに再建された神殿は、大理石造基盤(55×105m)の上に大理石円柱(H=19m)127本が林立する壮麗なもので、その巨大さとともに、祭壇周りの彫刻や正面破風を飾る浮彫などに、当時の著名な建築家・彫刻家たちが腕を競いあった総合芸術の宝庫だったという。
アルテミス神殿・復元図
アルテミス神殿・復元図
(資料転写)

 これが世界七不思議のひとつといわれる『アルテミス神殿』だが、紀元前後に吹き荒れたゴート族の侵入により破壊され(AD125)、再建はされるものの、折からのキリスト教の浸透とも相まって、過去の栄光を取り戻すことができず次第に荒廃していったという。
 今、神殿跡には円柱1本が寂しく復元されているだけの忘れられた遺構となっている。

※アルテミス女神像

 古代エフェソスを有名にした女神アルテミスの像が、「エフェソス博物館」に飾られている。広い部屋の両側に相対して立つ2体の大理石像は、ひとつは『偉大なるアルテミス』(AD1世紀後半、H=2.9m)、も一つは『美しきアルテミス』(AD2世紀前半、H=1.7m)と呼ばれる。

偉大なるアルテミス像
偉大なるアルテミス像
美しきアルテミス像
美しきアルテミス像

 これら2体の女神像をみるときまず目を引くのは、その胸に重なる20数個の“こぶ”である。
 このコブをどう解釈するのか定説はない。かつては女神の乳房であるとか卵、あるいは女王蜂に群がる蜜蜂とかいわれていたが、今では犠牲として捧げられた“牡牛の睾丸”というのが一般という。
 女神アルテミスの子供であり配偶者でもある牡牛を象徴するのかもしれないが、古代から綿々として続く大地の母神、全ての生き物を産み出す母なるものを表す乳房とみたい。
 乳房・睾丸、いずれにしろ多産と豊饒を表すシンボルであるには間違いない。

 このふたつの女神像は、被っている冠を除けばほとんど違いはない。
 偉大なるアルテミスは塔をかたどった冠(壁状金冠)を高々と被っている。冠は3層からなり、上段は周りに円柱を巡らしたイオニア式神殿を、中段のスフィクスと下段のグリフィンとが支えている。
 これに対して美しきアルテミスのそれは、かつてのトルコ帽に似た平たい円形の冠である。

 いずれの女神も、豊かさを誇示するが如く、あるいは全ての崇拝者を抱き寄せるが如くに両手を広げ、タイトスカートで両足を包み、遠くを望むかのように昂然と顔を上げて立っている。
 両者とも鼻が欠けている。もしそのまま残っていたらイメージは変わるかもしれない。

 スカートの前面には、腰から足許にかけて獅子・牡牛・鹿・羊・山羊などアルテミスを取りまく動物が並び、側面には地母神の使者である蜜蜂・エフェソスの象徴であるバラの花あるいは想像上の動物・グリフィンなどで飾られている。
 また美しきアルテミスは両側に鹿(頭部が欠けている)を従えている。これらは、いずれも野獣の女主人アルテミスに仕える動物たちである。

※女神アルテミス
 女神アルテミスと聞いて「ああ、あの女神か」と合点する人は、よほどギリシャ神話に精通している人といっていい。
 しかしダイアナといえば、10年余り前に事故死した元イギリス皇太子妃の名前として知られている。このダイアナが、ローマ神話におけるアルテミス=ディアーナの英語読みである。

 ギリシャ神話でのアルテミスは、
  『ゼウスと交わったレトは、ゼウスの后ヘラの嫉妬から大地のあらゆる処から追い立てられ、ついに海に漂うデロス島でまずアルテミスを生み、彼女を産婆としてアポロンを生んだ』
とあるように、天上界の大神ゼウスと女神レトの娘で、竪琴と弓の名手・アポロンの姉と位置づけられる。
 獣を守護する女主人でありながら弓矢を持って自然の山野を駆けめぐる狩猟家、子供や若者、特に性に目覚める以前の少女を愛し、性愛を敵視する男嫌いの若き処女神、出産を助ける生まれつきの助産婦といった性格をもつとされている。

 すべての生命を与え且つ奪う存在であり、若/老、美/醜、処女性/性愛、陽/陰、生/死といった相反するものを包含し超越する存在であった地母神的性格のなかから、醜さ・恐怖・死といった影の要素を分離し、清純な乙女という陽の要素のみに純化された女神、それがアルテミスである。

 しかし、古来からの地母神の流れをひく純化される前のアルテミスは、当然のことながら影の部分も持ちあわせている。
 例えば、
 『猟師アクタイオンが、水浴中の女神の裸を覗き見したため鹿に替えられて、自分の猟犬に咋殺された』とか、
 『純潔を誓ってアルテミスに従っていたニンフのカリストーが、ゼウスに愛されたことを知った女神は、怒って熊に替えてしまった』とか、
 『収穫祭の感謝を自分に献げなかったのを怒って、猪を送り込んで土地を荒らさせた』
とかいうように、怒りっぽくて気まぐれで、自分の意に反したものに災厄をもたらす、といった残虐な一面も持ちあわせていたという。

 またアルテミスが好む処は、人が行き来しない純粋な自然というより、人の営む文明と自然が交錯する境界領域であったともいう。
 そこは、文明・文化と野蛮とが交差・交流する場であり、両者の交錯のなかでいずれへも変貌する曖昧な場でもあるわけで、が故に、野性的存在である子供や若者を守護し、文化的存在である大人への変貌を見守るとともに、時には文化的存在であるべき大人の理不尽さをとがめるといった矛盾した性格を併せもつともいえる。

※エフェソスのアルテミス
 ギリシャ神話あるいはそれに連なるローマ神話でのアルテミスは、すらりとした清純な乙女の姿あるいは若い豊満な女性の姿で描かれるのが普通で、沢山の乳房を持つという異様な姿で現れるのは管見したかぎりではエフェソスのそれだけである。

 両者の間に同じ女神をイメージすることは難しいが、ギリシャ・ローマのそれが父権社会における洗練された処女神であり、エフェソスのそれが母なる女性の豊潤さを強調する母権社会での野性味あふれる母神とすれば、それは古代の女神がもつ盾の両面といもいえる。ただそこには、かつてのアルテミスがもっていたとされる野蛮・残虐な影の部分はない。
 またアルテミスは多くの動物に囲まれている。特に獅子や牛の像をもって飾られていることは、アナトリアの地母神・キュベレの後継者であり、野生獣の保護者であるとともに豊穣・多産を司る太古の地母神的性格を引き継いでいることを示している。

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