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放生会/和間神社(和間浜の浮殿)
宇佐市北鶴田新田
祭神−−八幡大神・比売大神・神功皇后
                                                                2008.10.11参詣

 和間神社、別名・『和間浜の浮殿』は放生会の主舞台となる神社で、かつては寄藻川河口近くの海辺にあったが、沖合に新田が拓け、今は河口からだいぶ入った左岸側に位置する。
 拝殿は川辺にあるものの本殿は川の中にあり、渡橋で連なっていて『浮殿』とも呼ばれ、入口の大鳥居には八幡宮とある。

 社頭に掲げる由緒記には、
「この地は神功皇后御東征の寄港地であり、また皇后の三韓征伐の軍船を造られたなど、宇佐と共に古い神蹟である。
 養老3年(719)、南九州の隼人の乱を鎮めるため、国司が宇佐神宮(八幡神)を奉じて軍を進めたが、隼人が強く反抗したので策をかまえ、傀儡(クグツ)人形が相撲をとる舞を見せて亡ぼした。この為、隼人の怨みから病災があったので、勅命により慰霊の祭を放生会と称しておこなわれた。
 天平19年(743)に、宇佐神宮が古代から由緒のある神域・和間の地で勅大祭がおこなわれたのがこの祭、また和間神社の起こりである。
 放生会では、古表神社(福岡県吉富町)の傀儡による神相撲や傀儡舞・舞楽があり、法蓮・華厳・覚満・射龍などによる仏事もあった。現在の社殿は、昭和39年に神域と共に復旧造営したもの」
とある。
 由緒記にいう“神功皇后東征”とは、熊襲反乱鎮圧のため夫・仲哀天皇と共に筑紫に出兵したという伝承を指すのだろうが、記紀・風土記には当地への寄港および朝鮮出兵のための軍船建造の記事は見えない。地元に残る伝承であろう。
 

和間神社・大鳥居
和間神社・大鳥居
和間神社・拝殿
同・拝殿
和間神社・本殿(正面)
同・本殿(浮殿)
和間神社・本殿(側面)
同左

◎中秋祭
 放生会(別稿・放生会参照)は、古くは旧暦8月15日を中心におこなわれたというが、今、10月の体育の日を含む3連休におこなわれる“中秋祭”を、地元の人は放生会と呼んでいる。
 訪れた日が、たまたまその日に当たっていたが、子供鼓笛隊を従えた御輿1基が和間浜まで巡幸するのであって、話に聞く昔の面影はない。ただ、和間神社では、参道に吊り提灯を掲げ、社殿には色鮮やかな幔幕を垂らし、露店なども出て華やかな準備がなされていた。御輿到着は夕刻で、放生供養は翌日とのことで見学していない。神社刊の資料に、神官が船の舳先に立って蜷貝を撒いている写真があるから、放生供養は今も続いているらしい。

宇佐神宮中秋祭・御輿巡礼
宇佐神宮中秋祭・御輿巡幸
宇佐神宮中秋祭・子供鼓笛隊
同・子供鼓笛隊

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