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元乃隅神社
旧称--元乃隅稲成神社
山口県長門市油谷津黄(ユヤツオウ)
祭神--宇迦之御魂神
                                                      2019.02.04参詣

 JR山陰本線・長門古市駅の北西約5km、日本海に面した観光地・『龍宮の潮吹』現象が見られる岩場の上に鎮座する。
 なお、2019年1月に、長い社名が外国人にわかりづらいとして『元乃隅神社』と改称している。

※由緒
 社頭の案内には
 「近隣の ある神社の関係者が この地の景観を見初め、神社から この地に移転の申し込みがあった。
 その日の深夜、一匹の白狐が 地元の網元・岡村斎(オカムラ ヒトシ)の枕元に現れ、昔からの関わりを詳しく話した後、『斎 他所の神を祀るとは何事だ、吾をこの地に鎮祭せよ。そうすれば 必ずその真心に応えよう』とのお告げがあった。 
 そのお告げに従い、昭和30年(1955)4月当地を神が定めた聖地とし、元乃隅稲成神社を奉斎した。(以下略)
とある。

 旧社名にある“イナリ”を“稲荷”ではなく『稲成』とするのは、祭神を島根県津和野町の太鼓谷稲成神社から勧請したためで、稲成の“成”には祈願成就の意味が込められているという。

 近年になって、当社が観光客の脚光を浴びているのは、
 ・アメリカのテレビ局CNNが、2015年に「日本の最も美しい場所31選」の一つとして選んだこと(それ以前から一部では知られていたらしい)
 ・日本海の荒波が打ちつける岩場に近接した景観の地に立地し、時に、海水が周りの空気と一緒に吹き上がる現象・『龍宮の潮吹き』が起こること、
 ・昭和62年(1987)から約10年かけて奉納された123本の朱塗りの鳥居が100m以上にわたって並び、海の青との対比が素晴らしいこと
 ・賽銭箱が二の鳥居の中央上部(高さ約4m)に設置されていて、お賽銭を上に向かって投げるようになっているが投入困難で、うまく入れば幸がもたらされるといわれていること
などによるようだが、伏見稲荷大社の千本鳥居を小型にしたような朱塗りの鳥居列以外に、これといった特徴のない田舎の稲荷社で、今は神社というより観光地と化してしまっている。

※祭神
  宇迦之御魂神(ウカノミタマ)
 スサノオの御子(古事記)あるいはイザナギ・イザナミ2神の御子(書紀)という神で、食物の神、特に稲の霊とされ、稲荷社のほとんどがこの神を主祭神とする。

※社殿等
 当社は、海に接した岩場前の小広場から背後の丘を登った上に鎮座し、その間の坂道に123本の朱塗りの鳥居が列をなしている。

 丘上の駐車場のすぐ横に立つ一の鳥居を入り、緩やかな参道をすすんだ左手に二の鳥居が立ち境内に入る。

 二の鳥居笠木の下に設置されているのが入れ難いことで有名な賽銭箱で、同行の人たちがお賽銭を投げていたがなかなか入らないようだった。当社の神主さんは神マツリよりも遊び心に熱心な人らしい。。


元乃隅神社・一の鳥居 
 
同・二の鳥居
 
同・賽銭箱

 一の鳥居から神社正面までの参道の右手(海側)に見えるのが123本あるという朱塗りの鳥居で、社殿側からみて、平仮名の“し”の字形に連なっている。鳥居の赤と海の青の対比から壮観といえば壮観だが、伏見稲荷大社の千本鳥居ほどの圧倒感はない。

 大岩数個からなる前面の岩場では、海が荒れたとき、打ちつけた波が空気と一緒になって舞い上がる「龍宮の潮吹き」が起こるというが、参詣時、海には白波が立ってはいたが潮吹き現象まではみられなかった。


同・朱塗りの鳥居列 
 
同 左

 二の鳥居を入って境内を右手に回り込んだ処に朱塗りの鳥居が立ち、その奥、朱塗りの木柵内に小さな石祠が南面して鎮座している。
 これが当社の社殿かと思われるが、案内などなく詳細不明。

 また、朱塗りの鳥居列を上りきった崖の途中、朱塗りの鳥居の後ろに石造の祠があり、中に小祠が祀られているが案内等なく当社での位置づけは不明。
 更に、境内の左手に、まだ新しい基壇があり、その奥に小祠が鎮座し、その左右に狐像が座っているが、この小祠が何なのかは不明。
 (社頭の案内掲示以外に個々の案内はなく、よくわからない神社ではある)

 通常の稲荷社社殿前には狐の小像が置かれているのが多いが、当社にはそのような見慣れた狐像はなく、代わって大きな腹を抱えたマンガチックな狐の石像が置かれていて、鳥居・祠が朱塗りである以外に稲荷社との面影はない。


元乃隅神社・社殿 
 
石 祠
 
崖の途中にある小祠
 
同左・内陣
 
境内左手にある小祠

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