トップページへ戻る

庚申信仰/猿田彦神社(山ノ内庚申)
京都市右京区山ノ内荒木町3
祭神--猿田彦大神
                                               2007.09.23参詣・2021.03.15再訪改訂

 猿田彦神社は京福電鉄嵐山線・山ノ内駅の西約500m、駅から三条通りを西へ、葛野大路三条の交差点を過ぎた左側(南側)に鎮座する。

※由緒
 社殿横に掲げる「山ノ内庚申 猿田彦神社 由緒略記」によれば、
 「当社は山ノ内庚申といい、京洛三庚申の一社に数えられ、洛西の旧社として著名なお社である。
 古図によれば、三条通り側に鳥居があり参拝したといわれる。

 猿田彦大神は道ひらきの神、人生の道案内の神として崇められ、開運除災・除病招福の御神徳を以て世に知られている。
 見ざる・聞かざる・言わざるの三神猿は、世の諸悪を排除して開運招福をもたらす崇高な御神教を示すものである。

 庚申祭は、平安時代より十干十二支の庚申(カノエサル)の日に祀り、江戸時代に至り庚申待・庚申講といい村人が集まり、猿田彦大神・清面金剛のお軸を掲げ、七種の供物を捧げ夜を明かして満福招来を祈願したものである。
 現在も60日に一度の庚申日にお祭りをしており、新年始めの庚申日には、近郷近在より除災招福を祈り参詣する信者があとをたたない。

 御社殿はもと安井村松本領にあって、境内には山伏修験者の行場があり、愛宕参りをする人々は滝に打たれ身を清めて参詣したものである。
 明治18年に現在の地に移築されたが、行場の名残をとどめる大小無数の石が境内北側に存在し、火伏せの神・秋葉明神や稲荷大神、大国主命、不動明王、観世音菩薩、地蔵菩薩を祀る」
とある。

 当社は、京洛三庚申のなかで唯一神社形式を有する庚申堂で、神社であることから、祭神は猿田彦大神。

 今の当社は山ノ内町にあるが、明治18年までは少し北の安井村松本郷にあったといわれ、この辺りの鎮守社だったと思われる。
 また、旧社境内には修験道の行場があり、愛宕詣りの人々が滝に打たれて身を浄めたともいわれ、今でも、初庚申の日には境内で護摩焚がおこなわれるというから、修験道の色合いが濃い神社といえる。

※祭神
   猿田彦大神

 当社の別名を山ノ内庚申堂と称するかぎり、その祭神は庚申尊(或は三猿)であるはずだが、今は猿田彦大神と称している。
 これは、明治初年の神仏分離によつて庚申堂が神道系と仏教系に別れたとき、神道系のそれが猿田彦大神、仏教系が青面金剛を以て祭神としたことによると思われる。

 しかし、神道系で祭神とされる猿田彦大神本来の神格と庚申信仰との間に接点はなく、両者が習合したのは
 ・猿田彦の“猿”が庚申の“申”に通じること
 ・猿田彦と習合した塞の神が“幸神”とも書かれ、これが“コウシン”と読めたこと
などによるというが、いずれも、神道系の庚申堂が神社として存続せんがための無理矢理な語呂合わせでしかない。

 今の当社は、別名を山ノ内庚申堂と称しているにもかかわらず、境内を見るかぎりでは庚申信仰の痕跡は少なく、通常の神社と変わりはない。

 なお仏教系の庚申堂では、祭神・ショウメンコンゴウを青面金剛と表記するが、当社では庚申清面金剛として、同じ呼称でも表記を変えている。

※社殿等
 東西にやや長い境内の東側に鳥居が立ち、金縁紺地の神額には「猿田彦大神」とある。
 この神額は、天保12年(1841)、伊勢市猿田彦神社の宇治土公定津神主の御筆という(境内案内)


猿田彦神社・社頭 

同・鳥居 

同・神額 

 境内に入ると中央に舞殿が建ち、その奥(西側)に社殿が鎮座し、舞殿の左隣りに注連縄を巡らした楠の大樹が聳え、
 案内には「庚申楠  区民の誇りの木 高:20m・幹廻:360cm・樹齢700年」とある。


同・境内(北側) 
 
同・舞殿
 
同・境内(南側)舞殿左の大樹がが庚申楠

 舞殿の背後に切妻造妻入りの拝殿が建つ。拝殿といっても簡単な造りで、「拝所」と呼ぶべきかもしれない。


同・拝殿(正面) 
 
同・拝殿(側面)

 拝殿の背後、築地塀に囲まれた中に一間社流造・銅板葺きの本殿が東面して鎮座する。

 本殿正面の向かって左に、御幣を抱いた「神猿」が座っている。
 当社は別名「山ノ内庚申堂」と呼ばれるが、庚申堂であることを示すものはほとんどなく、外から見えるかぎりでは、この神猿像が庚申信仰との関係を示唆する唯一のものとなっている。
 (資料によれば、築地塀と本殿との間に庚申に関係する三猿像などがあるらしいが、塀脇に近寄れず実見していない)

 なお、当社の神紋は三猿を象ったもので、3匹の括り猿(ククリサル)が三角形に並んでおり、当社が庚申信仰に関係する社であることを示している(ただ、当社では括り猿ではなく神猿と呼んでいる)


同・本殿(側面) 

同・本殿(正面) 
 
同・神猿
 
同・神紋

◎境内社
 当社には境内社3社と石仏5躰があるが、その鎮座由緒等は不明。
*大国主神社
 拝殿の左に鎮座する小社で、大国主神社との提灯が下がり、向かって右前に、右手に釣竿をもち、左に鯛を抱いたエビス像が鎮座している。

*石仏堂
 大国主神社の左にあり、紫の幔幕を張った覆屋の中に5躰の石仏が並んでいる。
 傍らの案内には、左から延命地蔵大菩薩・延命地蔵大菩薩・不動明王・聖観世音菩薩・役行者尊とある。

 
大国主神社
 
石仏堂
 
石 仏

*秋葉大明神社・稲荷神社
 拝殿の右に朱塗りの鳥居が立ち、その奥、簡単な覆屋の中に小社2宇、左:秋葉大明神社、右:稲荷神社が並んでいる。
 なお、稲荷社の右に「忠魂碑」が立っている。


末社前の鳥居 
 
秋葉大明神社

稲荷神社 

*修験道行場跡

 境内北側沿いに大小様々な石が乱雑に積まれている(右写真)

 参詣の栞に
 「明治18年現在地に移築され、行場の名残をとどめる大小無数の石が境内北側に存在し」
とあるのが是かと思われるが、案内等はなく単なる石の集積にしかみえない。


 今の当社は、境内を見るかぎり庚申信仰との関わりはほとんど見えず、本殿前の神猿像が唯一だが、これとても壁越しに覗いてはじめて気づくもので、外からは見えにくい。
 また通常の神社に付きものの奉納絵馬等もみえず、社務所も無人。
 ただ、右京区西院春日町にある「西院春日神社」で御朱印等は頂けるらしいが、西院春日神社と当社との関係は不明。

 ただ前回訪れたときには、無人の社務所前に授与品等が並べられ(庚申日だったからか)、中に「布神猿」・「盗難除け左なわ」というものがあった。

 社頭の案内には、授与品として
 ・布神猿--手芸の上達を願い奉納する。腰や財布につけ除難招福を祈る
 ・盗難除け左なわ(持山)--左綯(ヒダリナイ)の縄で、玄関や勝手口、戸窓・金庫等につるし、守護を祈る
とある。 

左:布神猿・右盗難除け左縄

 布神猿は所謂「括り猿」(ククリサル)であって、当社が庚申信仰にかかわる神社であることを示唆するもので、
 左なわは小さな注連縄で、「盗難除け左なわ 戸口に奉祀 財宝を犯すを入らしめず」と記した黄色の札が付けられている。

 なお案内によれば、授与品として上記2品の他に「中風神経痛腰痛病気封じコンニャク」「祈願絵馬」があるというが記憶にない。

トップページへ戻る